一般社団法人社会構想デザイン機構
論考・インサイト

雇用の「量」は回復した、では「質」は — データが映す日本の労働市場の構造課題

完全失業率2.5%、有効求人倍率1.19倍。マクロ統計は雇用の回復基調を示すものの、実質賃金の長期停滞、非正規雇用比率37.2%、職種間の需給ミスマッチは依然として根深い。統計データと当事者の声の双方から日本の雇用の「質」の課題を構造的に分析する。

ISVD編集部
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何が起きているのか

2.5%完全失業率OECD平均4.9%
-1.3%実質賃金名目+5.25%をインフレが相殺
37.2%非正規比率女性は53.4%
25%職場ウェルビーイング世界平均57%
日本の雇用 — 「量」は回復、「質」は停滞(2025年データ)

数字だけを見れば、日本の雇用環境は良好に映る。2025年通年の完全失業率は2.5%。OECD平均の約4.9%を大きく下回る水準だ。有効求人倍率は2025年12月時点で1.19倍。求職者一人に対して一件以上の求人がある計算になる。2026年1月の失業率は2.7%とやや上昇したものの、国際比較では依然として低い水準を維持している。

しかし、この「量」の回復が「質」の改善を伴っているかと問えば、データは異なる風景を映し出す。2025年春闘の賃上げ率は+5.25%、34年ぶりの高水準を記録した。だが 実質賃金は-1.3% 。インフレが名目賃上げを相殺し、労働者の購買力は実質的に目減りしている。G7でリアルウェージが1990年以来ほぼ横ばいなのは、日本とイタリアのみだ。賃金の「上がった感」と「暮らしの実感」の間に、構造的な乖離が生まれている。

雇用の形態にも偏りがある。2024年の非正規雇用比率は37.2%。OECD平均の約15〜20%と比較すると、際立って高い。男女別に見ると、男性22.2%に対して女性53.4%。女性の過半数が非正規雇用という構造は、賃金格差にも直結している。男性の賃金を100とした場合、女性は75.8。OECDに加盟する36か国中35位という位置づけだ。不本意非正規(正社員として働きたいが非正規にとどまっている人)は8.7%、約180万人。2013年の19.2%から半減したとはいえ、依然として無視できない規模である。

建設・土木技術者6.68
IT・情報処理4
介護・福祉職3.5
全職種平均1.19
一般事務職0.42
← 求職者過剰人手不足 →
職種別有効求人倍率 — 同じ「人手不足」の裏側に深刻なミスマッチが存在する

職種間のミスマッチも深刻だ。建設・土木技術者の有効求人倍率は6.68倍、介護・福祉職は3.50倍、IT・情報処理は4倍台。一方、一般事務職は0.42〜0.53倍と求職超過が続く。正社員が不足していると回答した企業は51.6%で、4年連続で過半数を超えた。人手不足を直接の原因とする倒産は2025年10月時点で359件に達し、過去最高を更新するペースで推移している。求人はある。しかし、求職者が求める仕事と、企業が求める人材の間に、埋まらない溝がある。

労働者の主観的な実感もまた、マクロ統計の楽観とは異なる。キャリアに不安を抱えている人は約8割。職場のウェルビーイングが「良好」と感じている日本の労働者はわずか25%で、世界平均の57%を大きく下回るMcKinsey調査)。転職率は7.2%で、転職理由の1位は「給与の低さ」(25.5%)。「働きたい年齢」の平均は62.8歳だが、「働かないといけないと感じる年齢」は65.6歳。その乖離2.8年分が、経済的不安の厚みを物語っている。

背景と文脈

日本の雇用が「量は足りているが質が伴わない」という構造に至った背景には、1990年代以降の長期的な変化がある。

バブル崩壊後の「失われた10年」で、企業は正社員の新規採用を抑制し、代わりに非正規雇用を拡大した。1990年に20%程度だった非正規比率は、2000年代に入って急速に上昇し、2024年には37.2%に達した。この変化は景気循環ではなく構造転換だった。企業にとって非正規雇用は景気変動に対するバッファーであり、固定費を変動費に転換する合理的な選択だった。しかし、その合理性は個々の労働者のキャリア形成を犠牲にする形で成立している。

賃金の長期停滞にも構造的な要因がある。日本企業の賃金決定は、個人の生産性よりも企業の支払能力や年功序列に基づいてきた。この仕組みのもとでは、労働市場が逼迫しても賃金が十分に上昇しにくい。加えて、デフレ期に定着した「賃上げは危険」という経営者の心理が、物価上昇局面に入っても賃金の本格的な引き上げを阻んでいる。2025年春闘の+5.25%は歴史的な水準だが、それでもインフレを相殺できていない事実は、この慣性の強さを示している。

国際比較は問題の構造をより鮮明にする。OECD諸国の中で、日本の労働生産性は38か国中28位。前年の26位からさらに後退した。G7内では1970年代以降一貫して最下位だ。生産性が低いから賃金が上がらないのか、賃金が低いから生産性向上への投資が進まないのか。因果関係は双方向に作用しているが、結果として日本は「低賃金・低生産性」の均衡から抜け出せていない。

人口動態が、この構造課題に時間的な制約を加えている。2022年に6,902万人だった労働力人口は、2040年には6,002万人に減少すると推計されている。JILPTの試算では、2030年の時点で644万人の労働力不足が見込まれる。人手不足が深刻化する一方で、職種間のミスマッチが解消されなければ、特定の産業では人材が余り、別の産業では壊滅的に不足するという非対称性がさらに拡大する。

構造を読む / 社会構想の種

この問題を「景気が良くなれば解決する」と捉えることはできない。日本の労働市場が抱える課題は、景気循環の問題ではなく、構造の問題だからだ。

比較軸正規雇用(62.8%)非正規雇用(37.2%)
賃金水準基準(100)約67(男性)/ 約70(女性)
社会保険原則加入条件付き(週20h以上等)
教育訓練OJT + Off-JT機会が限定的
キャリアパス昇進・異動あり固定的
雇用安定性解雇規制あり契約更新ベース
雇用の二重構造 — 正規と非正規の処遇格差は「雇用形態の違い」を超えて人生の機会格差を生む

第一の構造的課題は、雇用の二重構造である。正規と非正規の間にある賃金・社会保険・教育訓練機会・キャリアパスといった処遇格差は、単なる雇用形態の違いにとどまらず、人生の機会そのものの格差を生み出している。非正規比率37.2%という数字は、労働市場の約4割が「二級市民」的な処遇のもとに置かれていることを意味する。とりわけ女性の53.4%が非正規であるという事実は、雇用の二重構造がジェンダー格差と不可分に結びついていることを示している。

第二に、スキルと需要のミスマッチが固定化している。建設・土木技術者の求人倍率6.68倍と一般事務職の0.42倍。この極端な差は、スキルの転換コスト、地理的制約、情報の非対称性といった労働力の移動を阻む壁が厚いことを物語っている。政府は5年間で1兆円のリスキリング投資を打ち出し、中小企業への訓練費75%補助も用意した。ジョブ型雇用の導入率は21.8%(大企業36.0%)、副業容認は大企業の55.2%に達している。しかし、制度の整備と実際の行動変容の間には常にギャップがある。副業経験者は39.2%にとどまり、リスキリングが本当に職種転換に結びついているかを測定する仕組みも十分ではない。

第三に、「働くことの意味」そのものが問い直されている。キャリア不安8割、職場ウェルビーイング良好わずか25%という数字は、雇用の量的回復が労働者の安心感や充実感に結びついていないことを端的に示す。「働きたい年齢」と「働かないといけない年齢」の乖離2.8年は、仕事が「やりたいこと」ではなく「やらなければならないこと」として経験されている層の厚さを映し出している。この主観的な経験の質は、生産性にも直結する。エンゲージメントの低い労働者が多い職場では、イノベーションも生産性向上も起こりにくい。

社会構想の観点から見れば、必要なのは「雇用をどう増やすか」ではなく、「雇用の質をどう設計するか」という問いへの転換である。量的には労働力が不足し、質的には雇用の中身が空洞化している。この二重の課題を同時に解くには、労働市場の制度設計そのものを見直す必要がある。正規・非正規の壁を低くする同一労働同一賃金の実質化、スキル転換を支える公共インフラの整備、そして生産性と賃金を連動させるメカニズムの構築。いずれも一朝一夕には実現しないが、644万人の労働力不足が見込まれる2030年までの時間は、決して長くない。

残る問い

完全失業率2.5%。この数字を「雇用の安定」と読むことは、たしかにできる。だが、その内側で実質賃金が目減りし、4割近くが非正規雇用にとどまり、8割がキャリアに不安を感じている構造を、「安定」と呼べるのだろうか。

マクロ統計が映す量的回復と、個々の労働者が経験する質的な不安定さ。この乖離を埋めるのは、新たな統計指標の開発だけではない。雇用の「質」を測り、可視化し、制度設計に反映させる社会的な仕組みが問われている。データは構造を照らし出す。しかし、その構造を変えるのは、データを手にした上で「何を問い、何を選ぶか」という私たちの判断にかかっている。

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参考文献

労働力調査 基本集計 2025年平均結果

総務省統計局. 総務省統計局

原文を読む

令和6年 賃金構造基本統計調査

厚生労働省. 厚生労働省

原文を読む

労働力需給の推計 — 2040年の労働力人口

独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT). JILPT

原文を読む

Health, Wellbeing and Productivity Survey

McKinsey Health Institute. McKinsey & Company

原文を読む
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