このノートは社会構想デザイン研究室 (ISVD-LAB-003) の case ノートだ。基盤フェーズで整理した 6 領域統合モデルが、日本の具体的な現場でどう動いているかを、徳島県神山町の 20 年間で検証する。
何が起きているのか
徳島県名西郡神山町は、人口 4,597 人 (2025 年 1 月時点)、面積 173 平方キロメートルの山村だ。四国山地の奥に位置し、町域の約 8 割を森林が占める。2025 年 1 月 1 日時点で 4,597 人という数字は、2015 年比で 22.5% 減、10 年で 1,334 人減った結果だ。統計上、「消滅可能性都市」の分類に入る。
一方でこの町は「創造的過疎」というキャッチフレーズと、20 年の実践で全国に知られる。2023 年には、国内で 19 年ぶりとなる新設高専「神山まるごと高専」(私立、国内 58 校目の高専) が開校した。11 社から 100 億円規模の奨学金基金が集まった。10 社が 10 億円ずつを拠出し、デロイトトーマツコンサルティングが年 5,000 万円を 10 年間寄付するという調達構造だ。
20 年の主なマイルストーンを並べる。
- 1990 年代初頭: 大南信也氏らが「神山町国際交流協会」を作り、青い目の人形の里帰りプロジェクトで地域活動を始める
- 2004 年: NPO 法人グリーンバレー設立、神山アーティスト・イン・レジデンス (KAIR) 開始
- 2010 年: Sansanが神山ラボを開設。町で最初のサテライトオフィスだった
- 2010-2011 年: 神山塾開始、光ファイバー網整備完了
- 2011 年以降: プラットイーズ等が続き、サテライトオフィス集積ができた
- 2018 年: 神山まるごと高専の準備委員会が発足
- 2023 年 4 月: 神山まるごと高専開校 (私立、5 年一貫、全寮制、定員 40 名)
2023 年の転入者は 164 人で前年比 46.4% 増と報告されている。神山町は 2011 年に初の社会増を記録し、以降も断続的に転入超過を記録してきた自治体の一つだ。神山町公式の人口統計が示す社会動態の推移は、全国の山村自治体で見て例外的な水準だ。
20 年で何が積み上がったのかを、6 領域統合モデルで読む。
背景と文脈
6 領域のどこに位置づくか
社会構想デザインの 6 領域統合モデル は、社会政策・アグノトロジー・認識論・参加型デザイン・EBPM・市民社会論の 6 分野を、やっかいな問題 (wicked problems) の性質でひとつの方法論にまとめる考え方だ。神山町の実践は、この 6 領域のうち 4 領域を明示的に含み、残る 2 領域を暗黙で含む。
社会政策としての側面。神山町の課題は、人口減少・少子高齢化という中山間地域に共通する構造問題だ。国は「地方創生」施策で KPI 主導のまちづくりを推奨してきた。神山町の実践はこれに対して「創造的過疎」というカウンター概念を掲げる。大南信也氏は 2019 年のインタビューで、KPI 主導の地方創生施策への距離を示した。人口減少を止めるのではなく、減少過程での人口構成 (年齢・職業・多様性) を意図的に組み替えるという設計思想だ。
参加型デザインとしての側面。KAIR は 2004 年に始まったアーティスト・イン・レジデンス事業だ。招聘したアーティストと地域住民が滞在期間を通じて共同制作をやる。参加型デザイン の古典的な形のひとつだ。当事者不在で外部専門家が設計するトップダウン型ではなく、住民の日常空間に外部者が入り込むボトムアップ型を採る。Manzini (2015) が定式化した「誰もが行うデザイン (diffuse design)」と「専門家によるデザイン (expert design)」の協働構造が、KAIR にそのまま埋め込まれている。
市民社会論としての側面。神山町の実践の中核は、行政ではなく NPO 法人グリーンバレーだ。中間支援組織が行政と住民の間で意思決定と資源動員をやる構造は、Putnam (2000) が論じた社会関係資本 (social capital) の実装だ。グリーンバレーは町内の空き家台帳、移住希望者受入、企業誘致交渉、外部資金調達を一手にやる。行政の補完ではなく、行政と並行する意思決定主体として動いてきた。
アグノトロジーとしての側面。神山町の 20 年は、「山村 = 衰退する場所」という物語の書き換えでもある。アグノトロジー は無知の生産メカニズムを問う分野だ。神山町の実践は「これまで資源と扱われなかったものを資源として使い直す」実践を含む。森林、古民家、通信インフラの余剰帯域、都市の若年層の潜在需要は、従来の地域政策では資源と扱われなかった。これらを「山村立地のコワーキングオフィス素材」「アーティスト滞在制作の環境」として再定義したのが KAIR とサテライトオフィス誘致だ。
EBPM と認識論の側面は限定的。神山町の実践は明示的な EBPM (エビデンスに基づく政策形成) を掲げない。むしろ大南氏は KPI 主導型施策を批判する立場だ。認識論 (地域知の言語化) も、体系的な理論化より実践知の蓄積が先行する。この 2 領域は、外部研究者・学術機関が事後に神山町の実践を分析する形で関与した。6 領域統合の観点からは「実践知先行 → 事後の理論化」型の稀な事例だ。
構造を読む
実装プロセスの構造分析
神山町の 20 年を、意思決定・資金モデル・リスクの 3 軸で 3 期に分けて読む。
第 1 期 (2004-2010): 意味の反転
グリーンバレー設立と KAIR 開始が第 1 期の中核だ。この時期の意思決定は、行政の補助金採択サイクル (単年度・成果報告書型) に載らない長期プロジェクトを、NPO 法人格でどう成立させるかという課題への応答だった。資金は、初期は総務省の地域住民生活等緊急支援交付金、文化庁のアート系助成、企業寄付を混ぜた小規模モザイク調達で組み、単一の大型資金源に依存しない構造をとった。
この期のリスクは、外部アーティストと地域住民の間の摩擦、および「山村にアートは必要か」という地域内の批判だった。全国町村会の講演録によれば、初期の KAIR は「よそ者が村に入ることの意味」を地域住民に説明し続ける労力に多くを費やした。第 1 期の成果は、経済指標ではなく「限界集落」→「創造の場」という意味の反転を、20 年後の企業誘致の受け皿として先に作ったことだ。
第 2 期 (2010-2018): 資源の掘り起こしと企業誘致
Sansan の神山ラボ開設が転換点だった。Sansan の公式発表は、通勤 10 秒・都会と田舎の良いとこどりというフレーミングでサテライトオフィスを打ち出した。この時期の意思決定は、光ファイバー網の敷設 (2011 年頃完了) とセットで動いた。通信インフラという「これまで山村に無いと思われていた条件」の存在が、企業側の判断コストを大きく下げた。
資金モデルは、企業側が自社負担でサテライトオフィスを整備し、グリーンバレーが物件仲介・住民との媒介・生活支援をやる分業構造だった。行政補助金への依存度が第 1 期より下がり、企業誘致自体が地域経済への直接投資として動く構造ができた。
リスクは、キーパーソン (大南氏および数名の中心人物) への意思決定の集中、および「神山モデル」の模倣が全国で広がった際の希少性喪失だった。この期の成果は、Sansan・プラットイーズ・映像系企業・IT 系スタートアップが順次入居し、2013 年時点で 9 社、その後 16 社超まで積み上がったサテライトオフィス集積だ。
第 3 期 (2018-2023): 教育インフラの構築
神山まるごと高専の準備委員会発足 (2018 年) から開校 (2023 年 4 月) までが第 3 期だ。この時期の意思決定は、寺田親弘氏 (Sansan 代表) と大南氏が 2016 年に「神山に学校を作りたい」というやりとりをやり、12 名の準備委員会を組織するという小規模スタートで動いた。
資金モデルは、11 社から 100 億円規模の奨学金基金と、私立学校としての運営資金の二層構造だ。学生の 5 年間の学費を実質無償化するために、10 社×10 億円と、デロイトトーマツによる年 5,000 万円×10 年の異なる寄付構造を組み合わせた。この期の意思決定は、行政補助金や国庫支出金に依存しない資金モデルを、企業ネットワークだけで組み上げた点で特徴的だ。
リスクは、私立高専としての持続可能性、地元住民の反対、および 100 億円の運用リスクだった。Business Insider Japan の記事は、地元住民の反対を乗り越えるまでの調整過程を報じた。第 3 期の成果は、山村立地の私立高専という前例のない教育インフラを、20 年間の第 1 期・第 2 期の蓄えの上に立ち上げたことだ。
転用可能性の限界
神山町の 20 年を「モデル」として他の中山間地域に適用する試みは、既に多く存在する。ただし転用には固有の限界がある。
第一に、神山町固有の初期条件がある。四国山地の中央部という立地は、県都徳島市から車で 1 時間程度という都市アクセスを保証しつつ、明確な「山村」というブランド性を持つ。町域面積 173 平方キロメートルは、大南氏らのキーパーソンが 20 年で顔の見える関係を作れる規模だ。市町村合併を選ばなかったという政治的判断は、意思決定の一貫性を保つ条件として決定的に効いた。
第二に、キーパーソン依存という構造的リスクがある。大南氏個人および数名の中心人物が 20 年間続けて意思決定をやった事実は、模倣困難な条件だ。神田誠司 (2018) は、キーパーソンの継承問題を「神山の次の 20 年」の最大課題と指摘した。
第三に、「神山モデル」の表面模倣が、コンテキストを欠いた形で全国に広がるリスクだ。サテライトオフィス誘致・アーティスト・イン・レジデンス・地域ブランディングという要素だけを切り出して導入した自治体の多くは、第 1 期に相当する意味の反転と関係資本の蓄えを経ずに、第 2 期・第 3 期の外形だけを模倣した。篠原匡 (2014) が描いた神山町の実像は、単純な成功譚ではなく、20 年の試行錯誤の連続だ。
以上を踏まえ、神山町の実践から一般化できる構造原則を 3 つ抽出する。
原則 1: 20 年スケールの時間軸を前提化する。第 1 期の意味の反転は、単年度事業では成立しない。地方創生施策の 5 年計画型 KPI 管理と、社会構想デザインの 20 年スケール実装は、時間軸で対立する。
原則 2: 中間支援組織を行政と並行する意思決定主体として設計する。グリーンバレーは行政補完ではなく、行政と並行する意思決定主体として動いた。行政サイクルに従属する NPO では、20 年の連続的な意思決定は担えない。
原則 3: 資金モデルを段階的に組み替える。第 1 期のモザイク調達、第 2 期の企業投資受入、第 3 期の企業ネットワーク調達は、段階ごとに異なる資金構造だ。単一の資金源に依存する設計は、20 年の途中で必ず破綻する。
3 つの原則は、6 領域統合モデルのうち「市民社会論・参加型デザイン・社会政策」の交差点に位置する。EBPM・アグノトロジー・認識論の 3 領域は、この交差点を事後に分析する道具として使われる。神山町の 20 年は、6 領域統合が理論的統合ではなく、実践の中で不均衡に現れうることを示す。
参考文献
→ 関連: 6 領域統合モデル / 参加型デザインの文献マップ / 市民社会論の文献マップ / 社会政策の文献マップ



