このノートは静かなまちプロジェクトの規制構造分析パートです。仮説全体像は 4つの研究仮説、規制の三分割構造は なぜ爆音バイクは捕まらないか を参照されたい。
何が起きているのか
道路を新たに建設・拡幅する際、日本では環境影響評価法(EIA法)に基づく環境影響評価が義務付けられている。騒音は評価項目の一つであり、工事前に予測値を算出し、基準値との適合を確認する手続きが定められている。
しかし現実には、EIA手続きを経た道路でも、開通後に沿道住民から深刻な騒音苦情が出るケースが絶えない。制度はあるが、現場の騒音は下がっていない。この矛盾の背景に何があるか。
問題は「評価する」ことと「環境基準を守る」ことの間に制度的なギャップがある点だ。EIAは手続きであり、基準適合を保証するものではない。予測が外れても、開通後に上乗せ対策を義務付ける仕組みが法律上存在しない。
背景と文脈
環境影響評価法(1997年)が定める道路騒音評価の流れは以下の通りだ。事業者は道路計画段階でスコーピング(調査項目の絞り込み)を行い、環境基準との比較、予測手法の開示、住民意見の反映を義務付けられる。
環境省が公開する道路アセスメント指針では、交通量予測を基礎に等価騒音レベル(LAeq)を算出する手法が標準とされている。日本の環境基準は幹線道路沿いで昼間70dB(A)以下であり、EIA予測値がこの基準を超える場合には防音壁や遮音堤の設置が事業計画に組み込まれる。
形の上では機能しているように見える。しかし、制度設計に三つの根本的な弱点が組み込まれている。
構造を読む
一つ目は開通後フォローアップの任意性だ。環境省のフォローアップ制度は、開通後の実測調査を「事後調査」として定めているが、その結果の公表と改善措置の実施は事業者の裁量に委ねられている。基準超過が確認されても、追加対策を法的に強制する規定は環境影響評価法の中にない。事後調査の結果が「基準を超えていた」まま記録に残るだけで、行政が介入できる法的根拠が薄い。
二つ目は交通量予測の楽観バイアスだ。EIA騒音予測は将来交通量の推計値に依存するが、幹線道路の交通量予測は過去の経験則で言えば実測値より低くなりがちだ。予測交通量が少なければ騒音予測値も低くなり、防音壁の必要性を過小評価する。完成後の実測値がEIA予測を上回っていても、「予測誤差の範囲」として扱われ、法的責任の所在が曖昧になる。
三つ目は評価対象外エリアの存在だ。EIA法は対象事業規模に閾値を設けており、一定規模未満の道路工事は手続き対象外となる。都市部で多発する生活道路の拡幅・接続工事は大半がこの閾値以下に収まり、騒音評価なしで着工できる。幹線道路1本の開通が周辺生活道路の交通量を増やす「交通誘発効果」も、EIA評価の対象に含まれない。
dBだけでは測れない で論じた時間平均指標の問題と、ここで述べた評価制度の問題は接続している。EIAが測定するLAeqは、突発的な騒音イベントの感覚的影響を捉えられない。制度設計の段階から「評価できないものは守れない」という構造が埋め込まれている。
参考文献
環境影響評価法(平成九年法律第八十一号) — e-Gov法令検索. デジタル庁
環境影響評価制度(制度概要) — 環境省. 環境省
事後調査・フォローアップ — 環境省. 環境省
道路に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針 — 環境省. 環境省
騒音に係る環境基準について(環境庁告示第64号) — 環境省. 環境省
Environmental Noise Guidelines for the European Region — World Health Organization (WHO). WHO Regional Office for Europe