このノートは静かなまちプロジェクトの規制構造分析パートです。規制の縦割り構造は なぜ爆音バイクは捕まらないか を参照されたい。仮説全体像は 4つの研究仮説 にまとめている。
何が起きているのか
違法な音量のマフラーを装着したバイクや自動車が公道を走り続ける。この問題を「業界の自主規制で解決できないか」という問いに対して、行政も一部の有識者も繰り返し答えを求めてきた。しかし自主規制は一向に機能しない。
その理由を「モラルの問題」として片付けるのは間違いだ。騒音を出す車両が市場に流通し続けるのは、業界の内部が複数の利害集団に分断されており、それぞれが自主規制を「自分たちの話ではない」と見なせる構造があるからだ。加害者に見える集団の内側は、実は共通の利益を持たない雑多な集合体だ。
背景と文脈
車両騒音に関わる業界は少なくとも四つの層に分かれる。
第一層は完成車メーカーだ。日本自動車工業会(JAMA)に加盟する完成車メーカーは、道路運送車両法に基づく型式認証を取得した状態で車両を出荷する。この段階では騒音基準を満たしている。メーカーは型式認証後の改造について法的責任を負わない。
第二層はカスタム部品(アフターマーケット部品)メーカーだ。日本自動車スポーツマフラー協会(JASMA)のような業界団体が適合品認定制度を設けているが、認定を受けていない製品も市場に流通している。また、「公道不可」「競技専用」と明記した製品であっても、購入後に公道で使用されるケースへの責任の所在は曖昧だ。
第三層は販売店・整備事業者だ。国土交通省と自動車関係33団体が「不正改造を排除する運動」を毎年実施しているが、整備事業者の中には違法改造マフラーの取り付けを受け付ける店が実態として存在する。街頭検査の検挙数が毎年一定数に留まることが、取り締まりの限界を示している。
第四層はユーザーコミュニティだ。オーナーズクラブや走行会の参加者の中には、大音量を「楽しみの一部」として共有する文化圏が形成されている。
構造を読む
この四層構造が自主規制を阻む理由は明確だ。各層は「自分たちは守っている」という論理を持てる。
完成車メーカーは「型式認証段階では基準適合済み」と言える。部品メーカーは「競技専用と明記している」と言える。販売店は「取り付けを断っている」と言える(断っていない店は取り締まりの問題に帰着する)。ユーザーは「検挙されていないから合法だ」と解釈できる。
この「自分の守備範囲で責任を閉じる」論理が四層で同時に作動するとき、誰も全体責任を負わない状態が生まれる。規制の縦割り で論じた行政の管轄分断と、業界内部の利害分断は鏡像関係にある。行政が「うちの管轄ではない」と言えるのと同様に、業界各層も「うちの問題ではない」と言える構造が対応している。
業界横断的な自主規制が機能するためには、各層が「チェーン全体の責任を分有する」インセンティブ設計が必要だ。現状ではそのインセンティブは存在しない。完成車メーカーにとって、カスタム部品による騒音増大は「自社製品の評判に関係しない」と割り切れる。部品メーカーにとって「競技用と書いたのに使い方が違う」というのは顧客の問題だ。全員が部分的に正しいが、全体として問題は解決しない。
参考文献
不正改造を排除する運動(街頭検査・整備命令の実施状況) — 国土交通省. 国土交通省
道路運送車両法(昭和二十六年法律第百八十五号) — e-Gov法令検索. デジタル庁
騒音規制法(昭和四十三年法律第九十八号) — e-Gov法令検索. デジタル庁
Environmental Noise Guidelines for the European Region — World Health Organization (WHO). WHO Regional Office for Europe
騒音に係る環境基準について(環境庁告示第64号) — 環境省. 環境省