ざっくり言うと
- 「労災認定に平均7年」は個別事例の誤読で、国の運用目安は死亡・遺族補償で約4か月だが、6か月超の長期未決は2,329件と5年で倍増している
- 生きて働けなくなった被災者は健康保険の傷病手当金で認定までの空白を部分的に埋められるが、死亡した労働者の遺族にはつなぐ制度がない
- 焦点は認定の可否だけでなく、認定が下りるまでの空白を誰がどう支えるかという、生存被災者と遺族のあいだの非対称にある
労災保険は認定が下りてから給付する。認定までの空白を、生存している被災者は健康保険の傷病手当金で部分的に埋められるが、死亡した労働者の遺族には、その空白をつなぐ制度がない。過労死等の労災請求は令和2年度の2,835件から令和7年度の6,212件へ倍増する一方、労働基準監督官は5年で3.4%しか増えず、認定までの時間はむしろ延びている。
何が起きているのか
「労災認定に平均7年」は個別事例の誤読。国の目安は約4か月だが、6か月超の長期未決は2,329件で5年で倍増。請求は倍増し監督官は微増にとどまる
労災の認定に「7年」かかったという報道があった。だが、この数字は誤解を生む。報道された事案は、2018年に過労自殺で亡くなった労働者の遺族が、2019年に労災を申請し、行政の不支給決定と審査請求の棄却を経て2024年に提訴、2026年に東京地裁で労災と認められるまで、行政と司法をあわせて約7年を要した個別の最悪事例である。国が示す運用の目安は、死亡・遺族補償の請求で約4か月だ。「7年」は平均ではない。
ただし、目安を超えて長引く事案は確かに増えている。請求から6か月を過ぎても決まらない長期未決事案は、2,329件にのぼる。2021年の1,169件から5年でほぼ倍増し、2023年以降は2,000件を超えて高止まりしている。
背景には請求の急増がある。過労死や過労自殺など「過労死等」の労災請求は、令和7年度で6,212件と、令和2年度の2,835件から2倍以上に増えた。精神障害に限っても、令和7年度の支給決定は1,082件、認定率28.2%である(認定率は決定件数に占める支給決定の割合で、請求件数に対する比率ではない)。一方で、審査にあたる労働基準監督官は3,122人、令和8年度の定員でみても3,145人と5年で3.4%増にとどまる。請求は倍増、担い手はわずかな増加。認定までの時間は、むしろ延びている。
背景と文脈
生きて働けなくなった被災者は健康保険の傷病手当金で空白を部分的に埋められるが、死亡した労働者の遺族には認定前をつなぐ制度がない
問題は、認定までの時間そのものよりも、その「空白」をどう生きるかにある。労災保険は、認定が下りてから給付する仕組みだ。請求してから認定されるまでの空白の期間、被災者や遺族の生活は、労災保険では支えられない。
生きて働けなくなった被災者には、部分的な橋渡しがある。健康保険の傷病手当金だ。健康保険法は本来、仕事が原因の病気やけがを給付の対象から外している(第1条)。だが実務上、労災の請求中で認定がまだ下りていない場合、健康保険が労災かどうか確認中の扱いで傷病手当金を暫定的に支給し、後に労災と認められれば返還する運用がある。会計検査院の平成29年度決算検査報告が、平成26・27年度の実態としてこの運用を確認している。健康保険が業務災害を外す構造は変わっておらず、この橋渡しも続いているとみられる。完全ではないが、空白を一部は埋められる。
だが、死亡した労働者の遺族には、その橋渡しがない。労災保険の遺族補償には前払一時金の制度があるが、これは年金を受ける権利を有する者が対象で、認定が下りた後の制度だ。認定前に受け取れるものではない。自動車事故の自賠責保険には、認定を待たずに当座の金を受け取れる「仮渡金」という制度があるが、労災保険に同じ仕組みはない。労働者災害補償保険法を通してみても、仮渡金の規定は存在しない。健康保険が遺族に給付するのは埋葬料の一時金のみで、継続的な所得保障ではない。認定を待つあいだ、遺族が頼れる公的なつなぎは、ほとんど残されていない。
構造を読む
制度は認定後の給付を精緻に設計するが、認定までの空白は想定が薄い。長期化がこの非対称を深める
ここに非対称がある。生きて働けなくなった人は、健康保険の傷病手当金で認定までの空白を部分的に埋められる。だが、死亡した労働者の遺族には、その空白をつなぐ制度がない。認定を待つあいだ、遺族は生活保護に頼るか、自己負担で耐えるしかない。同じ労災の認定待ちでありながら、生存被災者と死亡遺族とで、空白の重さがまるで違う。
なぜこの非対称が生まれるのか。制度は、認定された後の給付を精緻に設計してきた。遺族補償年金も、前払一時金も、認定を前提に組み立てられている。だが、認定が下りるまでの空白は、制度の想定が薄い。労災保険という労働制度と、生活保護や健康保険という社会保障制度の、ちょうどはざまに、認定待ちの遺族が落ちている。
長期化が、この非対称を深める。目安の4か月で決まるなら空白は短い。だが6か月を超える未決が2,329件あり、5年で倍に増えている以上、空白はしばしば目安を大きく超える。待つ時間が延びるほど、つなぐ制度のない遺族の空白は広がる。認定までの時間の問題は、審査体制の問題でもある。監督官がわずかしか増えないまま請求が倍増すれば、一件あたりにかけられる時間は減り、決定は遅れる。
労災の認定基準や、認定されるかどうかは、これまでも議論されてきた。だが、認定が下りるまでの空白をどう支えるかは、あまり語られてこなかった。精神障害の労災認定が過去最多を更新するなかで、認定を待つあいだの生活、とりわけ死亡した労働者の遺族の空白を、誰がどうつなぐのか。認定の可否と同じ重さで、問われてよい。
参考書籍
- 『審査・再審査・裁判例に学ぶ 「脳・心臓疾患」「精神障害」労災認定の仕組みを理解する』(高橋健・筒井直紀、労働新聞社、2026年3月)。労災の審査・再審査の実際と裁判例に即して、脳・心臓疾患と精神障害の労災認定の仕組みを解説した実務書。
参考文献
令和7年度「過労死等の労災補償状況」 — 厚生労働省 (2026). 厚生労働省 労働基準局
労働基準監督年報(令和6年) — 厚生労働省 (2025). 厚生労働省 労働基準局
平成29年度決算検査報告 — 会計検査院 (2018). 会計検査院
労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号) — 厚生労働省 (1947). e-Gov 法令検索