高額療養費の自己負担上限が令和8年8月から上がる。年収約370万〜770万円の区分では月80,100円+1%が85,800円+1%になる。ところが、直近12か月で3回上限に達した人に適用される多数回該当は44,400円のまま据え置かれ、代わりに年間上限53万円が新設された。2025年3月に凍結された当初案は、多数回該当を48,900円へ引き上げる内容だった。凍結の前後で何が入れ替わったかを読む。
ざっくり言うと
- 令和8年8月から月ごとの上限が全区分で上がり、年収約370万〜770万円では80,100円+1%が85,800円+1%になる
- 多数回該当は44,400円で据え置かれ、代わりに年ごとの上限53万円が新たに設けられる
- 2025年1月の当初案は多数回該当を48,900円へ引き上げる内容で、2025年3月7日に凍結された
| 上限の種類 | 現行 | 当初案(2025年3月に凍結) | 令和8年8月から |
|---|---|---|---|
| 月ごとの上限 | 80,100円 + 1% | 10%引き上げ | 85,800円 + 1% |
| 多数回該当 | 44,400円 | 48,900円 | 44,400円(据え置き) |
| 年ごとの上限 | なし | なし | 530,000円(新設) |
多数回該当は、直近12か月のうち3回上限に達すると4回目から適用される。毎月のように医療費がかさむ人には効くが、数か月おきにかかる人には届かない。年間上限は、月ごとの上限に到達しない人でも年で到達すればその年はそれ以上払わなくてよい仕組みで、そこを拾う。出典は厚生労働省の見直し一覧、および令和7年1月23日 第192回社会保障審議会医療保険部会 資料2。
何が起きているのか
月ごとの上限は上がるが、多数回該当は据え置かれ、年ごとの上限が新設される
医療費の自己負担には月ごとの上限がある。その上限が令和8年8月から上がる。年収約370万円から約770万円の区分では、月80,100円+1%が85,800円+1%になる。最も高い区分は252,600円+1%から270,300円+1%へ、住民税非課税の区分(70歳未満)は35,400円から36,900円へ動く。
ここまでは、金額が上がったという話でしかない。目を引くのはその次である。
直近12か月のうち3回上限に達した人には、4回目から低い上限が適用される。多数回該当と呼ばれる仕組みで、年収約370万円から約770万円の区分では44,400円になる。この金額が44,400円のまま据え置かれる。月ごとの上限が上がるのに、長く続く人の上限は動かない。
そのうえで、これまでなかった上限が加わる。年ごとの上限である。年収約370万円から約770万円の区分では530,000円、最も高い区分では1,680,000円、住民税非課税の区分では290,000円が設定された。厚生労働省の資料は、その趣旨をこう書いている。
多数回該当に該当しない長期療養者の経済的負担にも配慮する観点から、新たに「年間上限」を導入。これにより、月単位の「限度額」に到達しない方であっても、「年間上限」に達した場合には、当該年においてそれ以上の負担は不要となる。
さらに令和9年8月には、所得区分が現在より細かく分けられる。最も高い区分の月額上限は342,000円+1%になる。
背景と文脈
当初案は多数回該当も引き上げる内容だった。凍結を経て、そこが元に戻った
この見直しには、一度止まった経緯がある。
社会保障審議会の医療保険部会に最初の案が示されたのは2025年1月23日である。内容は、所得区分ごとに上限額を引き上げたうえで、住民税非課税を除く各区分をさらに3つに分けるというものだった。引き上げ幅は、年収約1,160万円以上で15%、約770万円から約1,160万円で12.5%、約370万円から約770万円で10%、約370万円までで5%と設定された。
同じ資料には試算例がある。医療費が300万円かかった70歳未満・年収約370万円から約770万円の人の自己負担限度額は、107,430円から115,260円へ、多数回該当の場合は44,400円から48,900円へという数字が並んでいる。当初案は、長く治療が続く人の上限も上げる内容だった。
これが2025年3月7日に止まる。石破首相が、8月に予定していた定率の改定を含めて見直し全体の実施を見合わせると表明した。患者団体からは受診をひかえることにつながるという懸念が出ており、検討の過程が丁寧さを欠いたという指摘も重く受け止めると述べられた。
止めたあとに置かれたのが、専門委員会である。高額療養費制度の在り方に関する専門委員会は2025年5月26日に始まり、12月25日の第9回まで続いた。厚生労働省の資料には、患者団体・保険者・労使団体を代表する委員等に参画を得て計9回の議論を実施した、と明記されている。令和8年8月からの内容は、この9回を経て出てきたものである。
構造を読む
月で数える仕組みからこぼれていた層を、年で数えることで拾う設計に変わった
当初案と最終案を並べると、金額の大小より先に目につく違いがある。多数回該当を上げるかどうかである。当初案は48,900円へ上げ、最終案は44,400円に置いた。
止めた側が動かしたのは、そこだった。上限の水準そのものは、最終案でも上がっている。年収約370万円から約770万円の区分で見れば80,100円+1%が85,800円+1%になるのだから、月に一度上限まで払う人の負担は増える。それでも多数回該当は動いていない。
なぜここが焦点になるのか。多数回該当は、月の回数で数える仕組みだからである。12か月のうち3回に達して初めて4回目から効く。毎月のように入院や高額な投薬が続く人には届くが、3か月に一度、半年に一度という間隔でかかる人にはいつまでも届かない。年間で見れば相当な額を払っていても、月の回数が足りなければ制度上は「長期」に数えられない。
年ごとの上限は、この数え漏れを埋める位置に置かれている。月の上限に一度も達しなくても、年の合計が上限に達すればその年はそれ以上払わなくてよい。数える単位を月から年に変えると、同じ人が違う姿で見える。
水準の置き方にも設計が出ている。年収約370万円から約770万円の年間上限は530,000円で、月額に均すと約44,200円になる。多数回該当の44,400円を200円下回る。厚生労働省の資料は、年間上限の月額平均を多数回該当を下回る水準に設定したと注記している。年で拾われた人が、月で拾われた人よりわずかに軽くなるように置いてある。
残る論点は、この仕組みが本人に届くかどうかである。月の上限は医療機関の窓口で完結するが、年の合計は複数の医療機関と月をまたいで積み上がる。未受給で扱われてきた問題がここでも起きうる。実際、所得の低い一部の区分については、該当することが確認できた者に年間上限を適用し、令和9年8月以降に償還払いとする扱いが注記されている。窓口で自動的に止まるのではなく、後から返ってくる形である。
上限を一つ増やすという設計は、それまで数え方の側で取りこぼしていた層を制度の内側に入れる。制度が用意されていることと、それが届いていることを分けて数える必要があるのは、制度からの排除と未受給(このサイトの記事)で扱った構造と同じである。負担の配分をどの単位で測るかという問題は、社会保障135.5兆円 — 年金41.6%・医療33.6%の内訳(このサイトの記事)とも地続きにある。
この記事で使った統計の出典
- 1厚生労働省 保険局 高額療養費制度の見直しについて(参考)(令和8年) 出典を開く
- 2厚生労働省 保険局 高額療養費制度の見直しについて 第192回社会保障審議会医療保険部会 資料2(令和7年1月23日) 出典を開く
参考書籍
- 『医療保険制度の再構築:失われつつある「社会保険としての機能」を取り戻す』(外部サイト、新しいタブで開きます)(西沢和彦、慶應義塾大学出版会)。保険料と自己負担、公費の関係を制度の設計から検証した一冊。本文で扱った上限の置き方が、保険という仕組みの中でどこに位置するのかを考えるのに使える。
参考文献
(参考)高額療養費制度の見直しについて — 厚生労働省 保険局 (2026). 厚生労働省
高額療養費制度の見直しについて(第192回社会保障審議会医療保険部会 資料2) — 厚生労働省 保険局 (2025). 厚生労働省
社会保障審議会(医療保険部会 高額療養費制度の在り方に関する専門委員会) — 厚生労働省 (2025). 厚生労働省
高額療養費制度を利用される皆さまへ — 厚生労働省 保険局 (2026). 厚生労働省
