一般社団法人社会構想デザイン機構
論考・インサイト

年金の世代間格差 — 6,000万円の構造的断層

1940年生まれと2010年生まれの間に生じる厚生年金の生涯損得差は約6,000万円——この格差は個人の努力で埋められるものではなく、賦課方式と少子高齢化が交差する構造的帰結である。マクロ経済スライド、GPIF、非正規雇用のカバレッジギャップを横断し、年金制度に埋め込まれた世代間不平等の構造を読み解く。

ISVD編集部
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何が起きているのか

1940年生まれと2010年生まれの間で、厚生年金の生涯受益・負担の差額に約6,000万円の格差が生じている——複数の推計がそう指摘する。1940年生まれの給付/負担倍率は約2.3倍。支払った保険料の2倍以上を年金として受け取れる計算だ。一方、2000年代生まれの倍率は約0.6倍。生涯で支払う保険料の62%しか受給できない。

生年世代倍率
1940年生まれ2.3x

負担の2倍以上の受益

1950年生まれ1.5x

依然として受益超過

1960年生まれ1.0x

概ね負担と受益が均衡

1980年生まれ0.8x

負担超過へ転換

2000年代生まれ0.6x

負担の62%しか受給できない試算

1.0倍(負担=受給)ライン

1.0倍を下回る世代は、生涯で支払う保険料総額が受給総額を上回る。2000年代生まれの0.6倍は「負担の62%しか受給できない」ことを意味する。

厚生年金 世代別 給付/負担倍率 — 厚生労働省試算・各種推計

この数字を単純な「損得」として受け止めるのは早計だろう。厚労省は、年金には障害年金・遺族年金という保険機能が含まれること、社会インフラ全体の受益も考慮すべきこと、賦課方式は「世代間の支え合い」であり投資リターンとは性質が異なることを反論として公表している。

だが反論の妥当性を認めたうえでなお、倍率の傾斜は無視できない。問題は「若い世代が損をしている」という感情論ではなく、なぜこの傾斜が生じるのか——その構造にある。

背景と文脈

賦課方式という設計前提

日本の公的年金の基本設計は賦課方式(pay-as-you-go)——現役世代が納める保険料で現在の年金受給者を支える仕組みだ。人口構成が安定している社会では合理的に機能するが、支え手が減り受給者が増える局面で露わになるのは、制度に内在する構造的脆弱性にほかならない。

2階:厚生年金
会社員・公務員
標準報酬月額の18.3%(労使折半)
モデル月額 約23.3万円(夫婦世帯)
1階:国民年金(基礎年金)
日本在住の20〜59歳全員
月額 17,510円(定額)
満額 月額 69,308円
カバレッジギャップ
  • 非正規雇用者の約半数は厚生年金未加入
  • 第1号被保険者の約49%が実質未納付
  • ギグワーカー・フリーランスは国民年金のみ
マクロ経済スライド

給付改定率からスライド調整率を差し引き、実質給付を抑制。2025年は名目+1.9%だが物価+2.7%に対し実質目減り。

日本の公的年金制度 — 二階建て構造の概要

老年従属人口指数——生産年齢人口に対する65歳以上人口の比率——は、2020年の48.0から2040年には60.4、2070年には74.2へと上昇する見込みだ(国立社会保障・人口問題研究所 令和5年推計)。かつて現役世代4人で高齢者1人を支えていた構造が、やがて1.3人で1人を支える構造へと移行する。倍率の傾斜は、この人口動態の必然的帰結である。

マクロ経済スライドという「見えない調整弁」

2004年の年金改革で導入されたマクロ経済スライドは、年金給付額の改定率からスライド調整率を差し引くことで実質的な給付水準を抑制する仕組みである。名目額は増えていても、物価上昇率を下回る改定が続けば実質的には目減りする。

2023年以降、マクロ経済スライドは3年連続で発動。2025年度は名目改定率+1.9%に対し、物価上昇率は+2.7%——差分の0.8ポイントが「見えない年金カット」として機能している。基礎年金のスライド調整期間は、現行制度のままだと2057年度まで続く見込みだ。30年超にわたる実質給付の持続的な目減り。それが制度の将来像である。

GPIFの役割と限界

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は277.6兆円の運用資産を持ち、2001年度以降の累積収益は約180兆円、年率収益率は+4.51%と堅調な実績を示す。だがGPIFの積立金は「100年かけて取り崩す」設計であり、毎年の年金給付の大部分は現役世代の保険料で賄われている。積立金は制度のバッファであって、世代間格差を解消する装置ではない。

2024年財政検証は複数のシナリオを提示した。成長型経済に移行すれば所得代替率57.6%を維持できるが、一人当たりゼロ成長ケースでは国民年金の積立金が2059年度に枯渇し、所得代替率は33〜37%まで低下する。楽観と悲観の振れ幅が大きいこと自体が、制度の不確実性を物語る。

構造を読む

年金の世代間格差は、3つの構造的要因が重なって生じている。

第一の要因——賦課方式と人口構造の不適合。少子高齢化が進む社会で賦課方式を維持すれば、後の世代ほど負担が重くなるのは算術的必然である。これは制度の「欠陥」というよりも、人口転換期における設計前提の崩壊と呼ぶべきものだ。

第二の要因——マクロ経済スライドの非対称性。給付抑制は将来世代ほど長期間にわたって適用される。とりわけ基礎年金の調整期間が厚生年金より長いため、低年金層——非正規雇用者や自営業者——ほど打撃が大きい。制度の持続可能性を保つための仕組みが、同時に格差を拡大させるという逆説がここにある。

第三の要因——カバレッジギャップ。第1号被保険者の約49%が免除・猶予・未納の状態にある。2025年改正法は社会保険の適用拡大を進めるが、週20時間未満の短時間労働者やギグワーカーは依然として対象外だ。労働市場が非正規化するほど、年金制度の網の目からこぼれ落ちる層が広がる。

貧困率
韓国40.4%
日本20%
米国22.8%
OECD平均12.6%
ドイツ10.2%
フランス4.4%
デンマーク3%
日本の高齢者貧困率はOECD平均の約1.6倍。単身高齢女性に限ると離別女性で44%、死別女性で32%に達する。
65歳以上 相対的貧困率 国際比較 — OECD Economic Surveys(2024年)

結果として浮かび上がるのは、日本の65歳以上の相対的貧困率約20%という数字だ。OECD平均12.6%の約1.6倍。単身高齢女性に限れば離別女性の44%、死別女性の32%が貧困線以下にある。年金制度の構造的問題が、高齢者の生活実態としてすでに顕在化している現実である。

2025年改正法は適用拡大や在職老齢年金の見直しを盛り込んだが、基礎年金の国庫負担増や第3号被保険者の廃止といった抜本改革には踏み込めなかった。世代間格差の是正には、賦課方式の補完(積立要素の強化)、基礎年金の底上げ、非正規雇用者のカバレッジ拡大という3軸での制度再設計が不可避である。問われているのは、「いくら払い、いくら受け取るか」ではなく、「誰が、どのようなリスクを、どの程度引き受けるか」という社会契約の再定義だ。


関連コラム


参考文献

世代別の給付と負担の関係について

厚生労働省 年金局. 厚生労働省

原文を読む

2024年財政検証結果の概要

厚生労働省 年金局. 厚生労働省

原文を読む

OECD Economic Surveys: Japan 2024

OECD. OECD

原文を読む

Pensions at a Glance 2025

OECD. OECD

原文を読む

社会保障の世代間格差に関する論点

厚生労働省 政策統括官付. 厚生労働省

原文を読む

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