相続した山林は境界がわからない — 負の資産化と所有者不明土地の予備軍
佐賀県伊万里市の家族が相続した約4,300平方メートルの山林は、境界が口伝でしか残らず、木材の価値が測量費用を下回っても土砂災害の責任は所有者に残る。所有者不明土地は2016年に約410万ヘクタール(九州本島を上回る)、2040年に約720万ヘクタールと推計され、地籍調査は全国で約53%どまり。所有・境界・受益・責任という四つの側面がばらばらに分かれ、相続登記義務化・地籍調査・森林経営管理・森林環境税・国庫帰属といった制度が個別に追う構造を読み、所有の再設計という論点を示す。
ざっくり言うと
- 相続した山林は境界が口伝でしか残らず、木材の価値が測量費用を下回っても、土砂災害の責任は所有者に残る
- 所有者不明土地は2016年に約410万ヘクタール(九州本島を上回る)、2040年に約720万ヘクタールと推計され、山林はその予備軍の中心にある
- 所有・境界・受益・責任という四つの側面がばらばらに分かれ、相続登記義務化・地籍調査・森林経営管理・森林環境税・国庫帰属といった制度が個別に追う。境界の未確定と責任の所在という土台が噛み合っていない
所有・境界・受益・責任は、本来ひとつの土地の別々の面である。相続放置のなかでこれらが分離し、それぞれ別の制度が個別に追いかけている。地籍調査は約53%どまり(国土交通省)、相続登記の義務化は2024年、森林経営管理制度は2019年、森林環境税は2024年と、施行の時期もそろっていない。受益は木からの収益が消えたため、森林経営管理制度と森林環境税は、担い手と財源を社会の側で肩代わりする制度である。責任だけは所有者に残り、正面から受け止める制度が薄い。
何が起きているのか
相続した山林は境界が口伝でしか残らず、木材の価値が測量費用を下回っても土砂災害の責任は所有者に残る。所有者不明土地の予備軍が広がっている
佐賀県伊万里市に、相続した約4,300平方メートルの山林を持つ家族がいる。では、先代が温泉の開発を見込んで100万円で買った山が、いまは負の資産になっている。木を切り出して売っても、境界を確定する測量の費用に届かない。それでも、大雨で土砂が崩れれば、責任は所有者に残る。
目を引くのは、山の値段ではない。境界が誰にもわからないことだ。どこからどこまでが自分の山か、当主は正確に言えない。境界は口伝でしか受け継がれず、目印にした石も、木々の育ちと記憶の薄れで頼りにならない。次の世代は、山を一度も見ないまま、損害の責任だけを受け継ぐことになる。
これは伊万里だけの不運ではない。相続のときに登記がされず、登記簿を見ても所有者が直ちに判明しない、あるいは所有者はわかっても連絡がつかない土地をという。の推計では、こうした土地は2016年時点で全国で約410万ヘクタール、国土の約2割にのぼり、九州本島の面積を上回る。対策を打たなければ、2040年には約720万ヘクタール、北海道の面積に迫る規模まで広がると見込まれた。山林は、その予備軍の中心にいる。
背景と文脈
戦後造林の停滞と林業の衰退、相続の放置が重なり、地籍調査は約53%どまり。境界も名義も定まらないまま山が引き継がれていく
なぜ山が負の資産に変わったのか。戦後、国の政策で杉が一斉に植えられた。伊万里の山でも、その杉が樹齢30年から50年を数え、伐り出しの適期を過ぎている。ところが木材の価格は長く低迷し、伐って運ぶ費用のほうが売値を上回る場面が増えた。採算が合わなければ、山に人の手は入らない。林業の担い手も地域から消えた。手入れされない山だけが残る。
所有の側でも、放置が放置を呼ぶ。によれば、遺産分割をしないまま相続が繰り返されると、探すべき所有者の数はねずみ算式に増える。数世代分の相続人が名義に連なり、全員の同意がなければ売ることも貸すこともできない。管理が行き届かない山は、土砂の流出や斜面の崩壊で周りに被害を及ぼしかねない。それでも行政は、私有地への予防的な支出には慎重だ。責任は所有者に残ったままになる。
境界の問題は、さらに根が深い。土地の境を公式に確定する地籍調査は、全国でも約53%しか終わっていない。しかも都市部と山村部の林地で特に遅れている。境界の記録が公にないまま、口伝だけが頼りという山は、伊万里に限らない。
登記のほうは、制度が動き始めた。2024年4月、相続登記の申請が義務になった。取得を知った日から3年以内に登記をしないと、正当な理由がなければ10万円以下の過料の対象になる。施行より前の相続にもさかのぼって適用され、2027年3月末までの登記が求められる。名義を現況に合わせる圧力は、ようやく強まった。
構造を読む
所有・境界・受益・責任が分離し、四つを別々の制度が追う。責任だけ所有者に残る構造を、地域単位の設計として組み直す論点を示す
ここまでを一本の線で見ると、山林相続の困りごとは、所有・境界・受益・責任という四つの面がばらばらに分かれたまま、次の世代に渡されることにある。誰の土地かがはっきりしない。どこまでが境界かもわからない。木からの収益はなく、それでも管理と災害の責任だけは所有者に貼りついている。
制度は、この四つを別々に追いかけている。名義の追跡には相続登記の義務化。境界の確定には地籍調査。手入れの担い手には、市町村が所有者から経営管理を引き受けるが2019年に始まった。市町村が所有者の意向を確かめ、委託を受ければ、林業経営者につなぐか、自ら管理する。その財源として、が2024年度から1人あたり年額1,000円で課され、市町村に配られている。手放したい所有者には、という出口も2023年4月にできた。森林の場合、負担金は面積に応じて算定される。
複数の制度が整備されても、境界が定まらなければ、国庫帰属の審査や経営管理の委託は進めにくい。地籍調査が未了の地域で、所有者が制度を利用するために何が必要かを確認する必要がある。管理不全の山についても、制度を利用できるかどうかと、災害時に所有者が負う責任は分けて検討する。
ISVD の問いは、ここに立つ。山を個人が持つ私有財産として最後まで扱いきる前提を、どこまで保てるのか。誰が境界を引き、誰が受益し、誰が責任を負うのか。この割り当てを地域単位で組み直せないか。同じ問いは、農機具でも立てた。年に数日しか動かない機械を各戸が抱える構造を、所有と利用を分ける論点(このサイトの記事)として書いた。山林も、所有の設計をほどく対象として同じ線の上にある。
境界のわからない山を相続する人は、これからも増える。相続の放置は、一人の判断の誤りではない。所有・境界・受益・責任を別々に扱う制度と、それをつなぐ土台の薄さが積み重なった帰結である。誰が境界を引くのかを決めることは、公共資産をどう設計するかという、社会構想の実務そのものだ。
この記事で使った統計の出典
- 1所有者不明土地問題研究会 最終報告(2017年) 出典を開く
- 2国土交通省 地籍調査Webサイト(令和5年度末) 出典を開く
- 3法務省 相続登記の申請義務化について(2024年4月施行) 出典を開く
- 4総務省 森林環境税及び森林環境譲与税(2024年度課税開始) 出典を開く
参考書籍
- 『人口減少時代の土地問題』(外部サイト、新しいタブで開きます)(吉原祥子、中公新書、2017年)。所有者不明土地を正面から扱った書。相続放置がなぜ起きるかを、登記制度の側から解く。
- 『絶望の林業』(外部サイト、新しいタブで開きます)(田中淳夫、新泉社、2019年)。林業を成長産業と美化せず、補助金や低採算という不都合を突き放して見る。
参考文献
所有者不明土地問題研究会 最終報告概要 — 所有者不明土地問題研究会 (2017). 一般財団法人 国土計画協会
所有者不明土地ガイドブック 〜迷子の土地を出さないために!〜 — 国土交通省 (2022). 国土交通省
相続登記の申請義務化について — 法務省 民事局 (2024). 法務省
森林経営管理制度(森林経営管理法)について — 林野庁 (2019). 林野庁
森林環境税及び森林環境譲与税 — 総務省 (2024). 総務省
読んだ後に考えてみよう
- あなたの地域では、山林や農地の境界と名義は、公的な記録として確定しているか
- 土地の所有・境界・受益・責任のうち、いま最も宙に浮いているのはどれか
- 手放す出口をつくることと、境界を引き直すこと、どちらを先に進めるべきか
この記事の用語
- 所有者不明土地
- 不動産登記簿等を参照しても所有者が直ちに判明しない、または所有者が判明しても連絡がつかない土地。主な原因は相続の際に登記がされないことで、遺産分割をしないまま相続が繰り返されると、探索すべき所有者の数がねずみ算式に増える。2016年時点で全国に約410万ヘクタール(国土の約2割、九州本島を上回る規模)存在し、対策がなければ2040年には約720万ヘクタールに拡大すると推計された。
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