環境省の速報値で、令和7年度のクマ類による人身被害が216件・死亡13人と統計開始以来の過去最多になった。出没は50,801件で令和5年度の2.1倍。だが木の実の凶作は引き金にすぎない。過疎で里山の手入れをする人が消え、荒廃農地が質的に山林へ戻り、人と野生の緩衝地帯が内側から溶けている。駆除か共生かではなく、境界を誰が管理するかという担い手の空白を読む。
ざっくり言うと
- 令和7年度のクマ類による人身被害は216件・死亡13人で統計開始以来の過去最多、出没は50,801件で令和5年度の2.1倍となった
- 木の実の凶作は引き金にすぎず、被害の発生場所は季節とともに森林から人里へ移り12月には市街地が67%を占める
- 過疎で里山の手入れをする人が消え、荒廃農地が質的に山林へ戻り、人と野生の緩衝地帯が内側から溶けている
令和7年度のクマ類による人身被害は216件・死亡13人、出没は50,801件でいずれも過去最多。木の実の凶作が引き金だが、迎える側では過疎で里山の手入れが消え、荒廃農地が質的に山林へ戻って緩衝地帯が失われている。境界を管理する担い手をどう立て直すかが、クマと人の距離を決める。
何が起きているのか
令和7年度のクマ人身被害216件・死亡13人・出没50,801件が過去最多。被害の場所は季節とともに森林から市街地へ移る
クマが人里に出て人を襲う被害が、過去最多になった。環境省の速報値によれば、令和7年度(2025年4月から2026年3月)のクマ類による人身被害は216件、被害者238人、うち死亡13人で、統計を取り始めた平成18年度以降で最も多い。これまで最多とされてきた令和5年度の198件を、件数でも死亡者数でも上回った。出没件数も50,801件で令和5年度の2.1倍、許可捕獲数も14,741頭で過去最多だ。
被害は10月に集中している
年度の合計だけでは、起きたことの形が見えない。月別に開くと、被害は秋の3か月に固まっている。4月から8月までは月9件から17件で推移し、9月に37件、10月は78件と跳ね上がる。11月は32件、12月には5件まで落ちる。**9月から11月までの3か月で147件、年間216件の68%**を占める。
死亡者の出方も同じ形をしている。13人のうち7人が10月に集中し、6月に1人、7月に3人、8月に1人、11月に1人である。
秋田と岩手で半分近くを占める
場所の偏りはもっと大きい。都道府県別では秋田が59件(被害者67人、死亡4人)、岩手が39件(40人、死亡5人)で、**この2県だけで98件、全体の45%**にあたる。次いで福島21件、新潟16件、山形12件、長野11件と、東北と北信越に偏る。
死亡13人の内訳も同じ地域に寄っている。岩手5人、秋田4人、北海道2人、宮城1人、長野1人である。全国で一様に起きているのではなく、特定の地域の特定の季節に集まっている。
一直線に増えているわけではない
ただし、一直線に増えているわけではない。令和6年度の人身被害は82件と大きく落ち込んでいる。特定の年に跳ね上がるスパイク型で、環境省はブナやミズナラなどの木の実の凶作を引き金に挙げる。木の実が実らない年、クマは食べ物を求めて里へ下りる。
被害の起きる場所が季節で動く
だが、目を向けるべきは被害の起きる場所だ。人身被害の発生場所は、季節とともに森林から人里へと移る。春は森林がほとんどだが、環境省が季節別の発生場所を整理した資料(令和5年度)では、12月には市街地が67%を占める。クマが人の生活圏に入り込んでいる。
背景と文脈
木の実の凶作は引き金にすぎない。過疎で里山の手入れが消え、荒廃農地が質的に山林へ戻り、人と野生の緩衝地帯が溶けている
緩衝地帯だった里山が消えた
なぜクマは人里まで下りてくるのか。木の実の凶作は引き金にすぎない。迎える側の構造が変わった。かつて人里とクマの生息域の間には、里山という緩衝地帯があった。人が薪を採り、下草を刈り、田畑を耕すことで、森と人里のあいだに手入れされた帯が保たれていた。その手入れをする人が、過疎と高齢化で細っていった。
荒廃農地は「量」ではなく「質」で変わった
数字は、この変化を「量」ではなく「質」で示す。荒廃した農地の総面積は、平成20年の28.4万haから令和6年の25.7万haへと、むしろ微減している。放棄地が増え続けているという単純な話ではない。だが内訳を見ると、再生して使える荒廃農地は14.9万haから9.8万haへ減り、再生が難しく事実上山林に戻った土地は13.5万haから15.9万haへ増えた。なお令和3年の調査から内容が見直されており、令和2年以前との単純な比較はできない旨が同じ資料に注記されている。かつて緩衝地帯として働いていた里山や耕作地が、手入れを失って藪や林に還り、クマの通り道になっている。境界そのものが、内側から溶けている。
境界を守る担い手も細っている
境界を守る担い手も細っている。クマを捕獲する狩猟者は高齢化が進み、鳥獣保護管理を担う人材の確保が課題だと、環境省の担い手に関する資料は指摘する。境界を管理する人が減るほど、境界は保てなくなる。同じ過疎は、相続された山林の地籍境界も曖昧にしている(相続した山林は境界がわからない(このサイトの記事))。人と野生の境界も、土地の所有の境界も、管理する人が消えれば曖昧になる。
捕獲も過去最多の14,741頭
対応する側の数字も、同じ年に跳ねている。許可を得て捕獲されたクマは令和7年度に14,741頭。それまで最多だった令和5年度の9,271頭の1.6倍にあたる。内訳はツキノワグマ12,602頭、ヒグマ2,139頭である。
都道府県別では秋田が2,691頭で最も多く、北海道2,139頭、福島1,684頭、青森1,265頭と続く。人身被害の多い県と、捕獲の多い県は重なっている。
捕獲の中身も見ておきたい。14,741頭のうち捕殺が14,618頭、放獣など捕殺しなかったものは123頭で、放獣は0.8%にとどまる。捕獲はほぼそのまま殺処分を意味している。「駆除か共生か」という問いは、実務の上ではすでに一方に振り切れている。
平成20年度の1,492頭と比べれば、10倍近い。ただしこの数字は年ごとの振れが大きく、平成26年度4,167頭・平成27年度1,950頭のように、隣り合う年で2倍以上動く。捕獲数は「どれだけ出てきたか」を映す指標であって、個体数そのものではない。
総数ではなく分布で読む
年度の合計だけを見ると、この問題は「クマが増えた」という一本の線に見える。だが月別に開けば秋の3か月に、県別に開けば東北の2県に、被害は寄っている。総数は問題の大きさを教えるが、どこで何が起きているかは教えない。 一つの数字に圧縮したときに何が落ちるかは、統計リテラシー入門(このサイトの記事)で整理した論点と同じである。
構造を読む
駆除か共生かの対立軸が事態を捉え損ねている。焦点は境界を誰が管理するかで、クマ出没は過疎の遅延指標である
駆除か共生かではない
クマの問題は、しばしば「駆除か、共生か」で語られる。だが、この対立軸そのものが、事態を捉え損ねている。駆除を進めても、境界が溶けていれば次のクマが下りてくる。共生を掲げても、緩衝地帯を管理する人がいなければ、接触は避けられない。焦点は、駆除か共生かではない。人と野生の境界を、誰がどう管理するのか。そこに空いた担い手の穴にある。
過疎が境界を管理する力を超えた
クマの人里への出没は、過疎の帰結が野生の側から見える形になった現象だ。人口の減少は、まず統計に現れ、次に耕作放棄地に現れ、そして境界の崩壊としてクマの姿で現れる。出没件数は、過疎が境界を管理する力を超えたことを告げる遅延指標と読める。木の実の凶作は毎年の振れだが、境界を管理する担い手の不在は、年々深まる構造だ。
誰が里山を担うのか
木の実が実る年もあれば、凶作の年もある。だが、境界を手入れする人が戻らないかぎり、凶作の年ごとにクマは里へ下り、被害は繰り返される。駆除の頭数を数えることの先に、里山という境界を誰が担うのかという問いが残っている。その担い手をどう立て直すかが、クマと人の距離を決める。
この記事で使った統計の出典
- 1環境省 クマ類による人身被害件数(速報値)(令和7年度) 出典を開く
- 2環境省 クマ類による人身被害件数(速報値)(令和5年度) 出典を開く
- 3環境省 クマ類の出没件数(速報値)(令和7年度) 出典を開く
- 4環境省 クマ類の捕獲数(速報値)(令和7年度) 出典を開く
- 5環境省 クマ類による人身被害件数(速報値)(令和6年度) 出典を開く
- 6環境省 クマ類の生息状況、被害状況等について(令和5年度) 出典を開く
- 7農林水産省 荒廃農地の現状と対策(令和6年度) 出典を開く
- 8農林水産省 荒廃農地の現状と対策(平成20年→令和6年) 出典を開く
- 9環境省 クマ類の捕獲数(許可捕獲数)について(速報値)(令和7年度) 出典を開く
参考書籍
- 『クマはなぜ人里に出てきたのか』(外部サイト、新しいタブで開きます)(永幡嘉之、旬報社、2024年)。自然写真家が東北の現場を歩き、クマが人里に出る背景を、森と里の変化から解いた書。
参考文献
クマ類による人身被害について(速報値) — 環境省 (2026). 環境省 自然環境局
クマ類の出没状況について(速報値) — 環境省 (2026). 環境省 自然環境局
クマ類の生息状況、被害状況等について(令和5年度) — 環境省 (2023). 環境省 自然環境局
荒廃農地の現状と対策 — 農林水産省 (2025). 農林水産省 農村振興局
人口縮小社会における鳥獣保護管理の担い手の確保・育成 — 環境省 自然環境局野生生物課 (2024). 環境省



