奈良県山間部で古民家を買った移住者は、住んで初めて井戸の2か月枯れやカビ、排水の不具合に直面した。全国の空き家は900万2千戸・空き家率13.8%、一戸建の空き家の80.9%が放置型で、相続された空き家の7割超に腐朽・破損がある。買った後に修繕が現れるのは、法律の告知が施設の整備の状況で止まること、売主も相続と高齢化のなかで実態を知らないこと、空き家を解消できた世帯でも空き家バンクに登録したのは3.3%であること、という三層の情報非対称の帰結だ。
ざっくり言うと
- 古民家を買った移住者は、住んで初めて井戸の2か月枯れやカビ、排水の不具合という修繕の必要に直面した
- 全国の空き家は900万2千戸・空き家率13.8%で、一戸建の空き家の80.9%(285万戸)が放置された「その他の空き家」である
- 買った後に修繕が現れるのは、法律の告知範囲・売主の無知・空き家バンクの未到達という三層が、相続と高齢化の実態に追いついていない帰結だ
買った後に修繕が判明するのは、個人の不誠実ではない。法の告知が施設の存在にとどまり、売主自身が相続と高齢化のなかで実態を知らず、公式の流通ルートが実物件のごく一部にしか届いていない。三つの層が、空き家の実態に追いついていない構造である。
何が起きているのか
奈良の移住者は住んで初めて井戸枯れやカビに直面。一戸建の空き家の80.9%が放置型で、買い手はこの住宅の山に向き合う
住んで初めて、井戸が2か月涸れた
奈良県の山間部に、古民家を買って移住した30代の女性がいる。FIRST-HAND Local が伝える現場では、夫とともに引っ越したあとで井戸の水が2か月ものあいだ涸れ、知人の家で風呂を借りた。湿気でカビが出て、排水の不具合も暮らすうちに少しずつ表に出てきた。井戸を掘り直すのに100万円単位、草刈りにも毎年数十万円がかかる。買う前の見学ではわからず、住んで初めて修繕の必要が姿を現す。
買い手が向き合うのは、放置された住宅の山
これは、この移住者だけの不運ではない。全国の空き家は900万2千戸、空き家率は13.8%で、いずれも過去最多・最高だ。しかも古民家に近い一戸建の空き家に絞ると、352万3千戸のうち80.9%(285万1千戸)が「賃貸・売却用及び二次的住宅を除く空き家」、つまり借り手も買い手も募っていない、長く放置されたものである。買い手が向き合うのは、この住宅の山だ。
相続された空き家の大半は、すでに傷んでいる
奈良の事例が例外でないことは、統計にも出ている。相続で引き継がれた空き家のうち、構造上の不具合があるものが21.2%、室内外に部分的な腐朽・破損があるものが47.1%、全体的な腐朽・破損があるものが3.5%。あわせて7割超が、すでに何らかの傷を抱えている。傷のないものは28.2%にとどまる。建った時期も古く、1950年以前が20.4%、1951〜1970年が26.4%、1971〜1980年が26.4%で、国土交通省は「7割超が1980年以前建築」とまとめている。いまの耐震基準は1981年6月の建築確認から適用されたので、1980年以前に建った住宅は、その基準ができる前のものにあたる。買う前の見学で見えるのは、この傷のごく一部だ。
背景と文脈
宅建業法の告知は施設の存在で止まり、売主も相続と高齢化で実態を知らず、担保責任の保護も個人間売買には及ばない
法律が説明を求めるのは「整備の状況」まで
なぜ、買ってから傷が見えるのか。ひとつは、法律の告知の範囲が狭いことだ。宅地建物取引業法は、飲用水・電気・ガスの供給と排水のための施設について、「整備の状況」を契約が成立するまでに説明させる。求めているのは、施設が整っているかどうかまでである。その井戸が涸れないか、排水が機能し続けるかという性能や信頼性は、条文の対象に入っていない。
建物を調べても、井戸と排水は対象外
既存建物の状態を調べる建物状況調査も、この空白を埋めない。法律が説明を求めるのは、調査を実施したかどうかと、実施した場合の結果の概要である。実施そのものは任意だ。しかも調査の対象は、構造耐力上主要な部分と、雨水の浸入を防止する部分に限られている。かりに調査をしていても、井戸が涸れることも排水の不具合も、そこには出てこない。
引き渡しから2年の保護は、業者が売主のときだけ
引き渡した後に不具合が出たときの売主の責任も、買い手の側から見ると薄い。宅地建物取引業法は、引き渡しの日から2年以上とする特約を除いて、買主に不利な特約を禁じている。ただしこれは、宅建業者が自ら売主になる売買に限った規定である。相続した空き家の多くは個人が売主であり、この規定は及ばない。
売主も、実態を知らない
売主の側にも、実態を知らないという構造がある。空き家の取得経緯は約6割(57.9%)が相続だ。その相続された空き家に限ると、約6割弱(58.3%)は所有者の死亡が空き家化の契機になっている。相続の前に何らかの準備をしていた世帯は23.0%にとどまる。所有者の多くは遠隔地に住み、高齢である。悪意で隠すというより、売主も暮らしの実態を把握していない。
準備をしたかどうかは、その後の扱いにも表れる。相続前に何も手を打たなかった空き家は、45.1%が「空き家のまま所有」されており、手を打っていた場合の29.4%のおよそ1.5倍にあたる。手を打つといっても、最も多いのは「被相続人との話し合い」の16.7%で、遺言の作成支援は1.8%、後見制度や家族信託の活用は1.3%にとどまる。話し合いすら持たれないまま引き継がれた家が、傷を抱えたまま市場の外に置かれていく。
誰が売れるのかが、はっきりしない
名義そのものが固まっていないことも多い。相続した不動産の登記は2024年4月から義務になり、取得を知った日から3年以内に申請しないと10万円以下の過料の対象になったが、長く放置されてきた物件ほど、相続人が何代にも連なって、誰が売れるのかがはっきりしない。
構造を読む
バンク登録は解消世帯で3.3%どまり。法・売主・流通の三層を読み、取引前に傷を表に出す設計を問う
空き家バンクに登録した世帯は3.3%
情報の空白を埋めるはずの仕組みも、実物件にほとんど届いていない。国土交通省は、直近1年のあいだに空き家を解消できた22万8千世帯に、そのとき何をしたかを聞いている(複数回答)。最も多い答えは「特に何もしていない」の38.7%だ。「空き家バンクに登録した」は3.3%にとどまる。これは登録したかどうかを聞いた数字なので、バンクを通って実際に売れた割合は、これよりさらに低い。用意された仕組みが対象に届かないまま数字だけが残る事態は、空き家に限らない。ほかの分野の捕捉率とあわせて「政策が届かない層」の共通構造(このサイトの記事)にまとめている。
実際に間へ立っているのは不動産事業者
同じ調査で2番目に多いのは「不動産事業者に借り手や買い手を探してもらった」の29.2%で、バンクへの登録のおよそ9倍にあたる。「行政に相談した」は2.8%、「行政の補助制度や支援制度を活用した」は1.9%。空き家が動くとき、実際に間へ立っているのは民間の仲介であって、公的な窓口ではない。売主が個人であるかぎり、引き渡し後2年の保護も及ばないまま取引される。
全国のバンクに載っているのは19,626戸
全国版の空き家バンクには1,148自治体が参加するが、実際に物件を掲載しているのは744自治体にとどまる。掲載中の物件は19,626戸で、これは運営2社の合計であり、同じ物件の重複も含んでいる。放置された空き家285万戸に対して、多く見積もっても0.7%にすぎない。制度発足からの累計成約は約26,000件である。
解消の1位は、取引ではなく除却
そもそも空き家は、めったに動かない。使用目的のない空き家のうち、直近1年で空き家でなくなったものは14.8%で、残る85.2%はそのままである。解消できた場合でも、理由の1位は「除却した」の22.7%で、「貸した」と「所有者や親族が居住した」が15.5%ずつ続く。売却は上位3つに入らない。今後の意向を聞くと、最も多いのは「空き家として所有しておく(物置含む)」の40.6%だ。持ち主の4割は、市場に出すことをそもそも考えていない。
三つの層が重なっている
ここに、三つの層が重なって見えてくる。法律は施設の整備の状況で止まり、その機能や信頼性には届かない。売主は相続と高齢化のなかで、物件の実態を知らないまま手放す。そして公式の流通ルートは、実物件のわずかな部分にしか接続していない。買った後に修繕が次々と現れるのは、この三層が、相続と高齢化が進む空き家の実態に追いついていないことの帰結だ。
移住や空き家活用を促す施策は広がっている。だが、重要事項説明をもう少し手厚くするといった個別の手当てだけでは、この空白は埋まらない。相続で名義が固まらないまま眠っている物件の傷を、取引の手前でどう表に出すか。誰が実態を調べ、誰がそれを買い手に伝え、誰が流通に乗せるのか。その割り当てを決めないまま、空き家という地域資源は負の遺産のまま眠り続ける。修繕が買った後に現れる構造を解くのは、説明義務の微修正ではなく、実態を取引の手前に引き出す仕組みの設計である。
この記事で使った統計の出典
- 1総務省 令和5年住宅・土地統計調査(確報集計)(2023年) 出典を開く
- 2国土交通省 令和6年空き家所有者実態調査(2025年公表) 出典を開く
- 3法務省 相続登記の申請義務化について(2024年4月施行) 出典を開く
- 4国土交通省 令和6年空き家所有者実態調査(2025年公表) 出典を開く
- 5国土交通省 全国版空き家・空き地バンク(令和8年7月末時点) 出典を開く
- 6国土交通省 全国版空き家・空き地バンク 参加自治体数・物件掲載件数推移(令和8年7月末時点) 出典を開く
参考書籍
- 『老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路』(外部サイト、新しいタブで開きます)(野澤千絵、講談社現代新書、2016年)。空き家が増え続ける一方で宅地開発やタワーマンションが止まらない住宅過剰社会の矛盾を、制度の側から解いた書。
参考文献
令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計 結果の概要 — 総務省 統計局 (2025). 総務省
令和6年空き家所有者実態調査 報告書 — 国土交通省 住宅局 (2025). 国土交通省
「全国版空き家・空き地バンク」について(参加自治体・掲載自治体・成約実績) — 国土交通省 (2026). 国土交通省
全国版空き家・空き地バンク 参画自治体数・物件掲載件数 推移 — 国土交通省 (2026). 国土交通省
相続登記の申請義務化について — 法務省 民事局 (2024). 法務省