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一般社団法人 社会構想デザイン機構
ISVD-LAB-002基盤構築

気候変動懐疑論の日本的再生産構造(疑念はどのように流通するか)

横田 直也
約6分で読めます

科学的コンセンサスが確立されているにもかかわらず、気候変動懐疑論は日本のメディア・言論空間に根を張り続ける。この現象は個人の無知ではなく、疑念を流通させる構造的メカニズムの産物だ。無知学の枠組みで日本における懐疑論再生産の回路を分析する。

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科学的な疑念と疑念の製造は、見た目が似ている。だから疑念の製造は効果的なのだ。

何が起きているのか

IPCCの第6次評価報告書(AR6)は、人間活動が気候システムを温暖化させていることを「疑う余地なく確認された(unequivocal)」と結論づけた。この表現は、科学的コンセンサスが形成されている領域で用いられる最も強い断定だ。

にもかかわらず、日本の言論空間では「地球は本当に温暖化しているのか」「人間活動が原因なのか疑問だ」「CO2増加は植物の成長を促す」という主張が、書籍・テレビ・SNSを通じて出回っている。これは科学的議論ではなく、すでに決着した問いを「まだ議論中」に見せる疑念の製造だ。

疑念の製造業(タバコと気候変動の60年戦争)で分析したように、疑念の製造は産業として整備されてきた歴史がある。日本における気候変動懐疑論の流通は、グローバルな疑念製造ネットワークと国内の特殊な媒介構造が重なった現象だ。

背景と文脈

懐疑論の国際的起源と国内への流入

オレスケスとコンウェイ(2010)が『Merchants of Doubt(疑念の商人)』で明らかにしたのは、タバコ産業の戦略を応用した組織的な疑念製造の存在だ。同じ戦略家グループが、酸性雨・オゾン層破壊・気候変動と異なるトピックにわたって「科学的不確実性」を強調するキャンペーンを展開してきた。

この国際的な懐疑論ネットワークは日本に直接流入する。翻訳書籍・英語文献の選択的引用・海外懐疑論者の招待講演という経路で、「海外でも疑問視されている」という印象が作られる。実際には懐疑論が主流でない国でも、懐疑論者の声を増幅することで「科学界は二分している」という誤印象が生じる。

日本固有の媒介構造

日本における気候変動懐疑論の流通には、国内に特有の媒介構造がある。

一般向け科学書の問題がある。「科学の常識を疑え」という枠組みで、確立された知見を「定説ではない」と提示する書籍が出版されてきた。これらは「批判的思考」の形式を借りるが、実質は科学的疑念の商業的流通だ。IPCC報告書の内容を「政治的文書」と形容し、独立した科学者の主張と位置づける構造が多用される。

次にテレビのバランス論がある。「一方ではこういう見方も」という番組構成が、科学的コンセンサスと少数意見を等価に扱う効果を生む。気候変動に詳しい科学者と懐疑論者を同じ討論の場に招くことで、視聴者は「専門家の間でも意見が分かれている」と認識する。この形式的バランスが実質的偏向を生む逆説は、メディア研究で「擬似的バランス(false balance)」と呼ばれる。

さらにエネルギー政策との関係がある。原子力エネルギーをめぐる議論と気候変動懐疑論は日本では複雑に絡んでいる。「脱原発」のためにCO2問題を過大評価しているという主張も、「再エネ推進のために温暖化論を利用している」という主張も、気候変動の科学的確実性を政治的文脈に還元する点で同じ効果を持つ。

疑念の受容構造

疑念が流通するには、受容する構造も必要だ。

国立環境研究所が実施した意識調査では、気候変動を「深刻な問題だと思う」と答える割合は欧州主要国と比べて低い傾向にある。これは無関心の問題ではなく、「科学的コンセンサスへのアクセス構造」の問題だ。IPCC報告書は英語が原文であり、要約版も科学的専門用語を多く含む。一般市民が「信頼できる情報」として参照できる日本語の情報は、メディアを通じて加工・選択されたものになる。

この構造において、疑念の製造は「科学の代わり」として機能する。IPCC報告書を読む手間をかけずに「問題は単純ではない」という印象を得られる書籍や番組が、情報へのショートカットを提供する。

構造を読む

疑念製造の三つの手法

気候変動懐疑論が日本で流通する際に使われる手法は、大きく三つに分類できる。

第一は**Cherry-picking(データの摘み食い)**だ。気温変動の長期トレンドではなく、特定の年間変動を取り上げて「温暖化は止まっている」と主張する。気象庁のデータは長期的な温暖化傾向を明確に示しているが、短期の変動を切り取ることで異なる印象を作れる。

第二は権威の偽装だ。気候科学専門家でない研究者や技術者が「科学者として」懐疑論を述べる形式が使われる。肩書きが「研究者」「博士」であれば、専門領域が違っていても一般読者には判別が難しい。

第三は陰謀論的枠組みだ。「温暖化論は特定の利権のために作られた」という説明は、科学的証拠を反証しなくても疑念を植えつける。利権の説明が正しいかどうかに関わらず、「私たちは騙されているかもしれない」という疑念は科学的コンセンサスへの信頼を損なう。

確証された知識と製造された疑念の非対称

側面IPCC科学的コンセンサス懐疑論の主張
温暖化の事実過去170年で約1.1℃上昇(AR6)自然変動の範囲内
人間活動の寄与「疑う余地なく確認された」太陽活動・海洋変動が主因
将来の影響パリ協定1.5℃・2℃目標の根拠不確実性が高く政策化は早計
科学者の合意度97%以上が人為的温暖化に同意「懐疑的な科学者も多い」

この表の右列が「製造された疑念」の典型的内容だ。各主張は、誤りであることが繰り返し科学的に反証されている。しかし「疑念を植えつける」という目的においては、反証されることで更新されないまま出回り続ける。

プロクターが論じた無知学の核心は、「無知は知識の単純な欠如ではなく、生産されるものである」という点だ。気候変動懐疑論は、知識の欠如から生じた無知ではなく、疑念として積極的に生産・流通された無知だ。

知識生産の非対称コスト

認識的コストの非対称性(知らないことを合理的選択にする構造)が論じるように、「正確な知識を得るコスト」と「疑念を受け入れるコスト」の間には非対称性がある。

IPCC AR6報告書は数千ページに及ぶ。要約版でも技術的な内容を含む。これを読んで理解するには時間・語学力・科学的素養が必要だ。一方、「専門家も疑問視している」という懐疑論は、短い動画や書籍の見出しで伝達できる。この非対称コストが、疑念の製造を合理的なビジネスにする。科学的コンセンサスを伝えるためには丁寧な説明が必要だが、それを崩すためには「疑問を提示する」だけでいい。

対抗の条件

懐疑論の流通に対抗するためには、情報の正確さを主張するだけでは不十分だ。

JCCCAのような啓発機関の存在は重要だが、疑念製造のスピードと規模には追いつきにくい。「ファクトチェック」は事実誤認を指摘できても、疑念の情動的機能を解消するには至らない。

有効なのは、疑念製造の「構造を示す」ことだ。個別の主張の誤りを指摘するより、「なぜこういう主張が流通するのか」「誰が利益を得るのか」という問いを立てることで、疑念の受容回路が変わる。疑念の製造業(タバコと気候変動の60年戦争)で示したように、疑念製造の歴史的文脈を明らかにすることが最も有効な対抗手段の一つだ。

参考文献

Merchants of Doubt: How a Handful of Scientists Obscured the Truth on Issues from Tobacco Smoke to Global WarmingOreskes, N. & Conway, E. M.. W. W. Norton & Company

Agnotology: The Making and Unmaking of IgnoranceProctor, R. N. & Schiebinger, L.. Stanford University Press

Climate Change 2021: The Physical Science Basis (AR6 WGI)IPCC. Cambridge University Press

世界の年平均気温(1891年〜)気象庁. 気象庁

地球温暖化懐疑論ウィキペディア日本語版. Wikipedia

関連: 疑念の製造業(タバコと気候変動の60年戦争) | EBPMにおける戦略的無知 | 認識的コストの非対称性

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