メインコンテンツへスキップ
一般社団法人 社会構想デザイン機構
ISVD-LAB-002基盤構築

毎月勤労統計の不正と国家的無知の再生産 — 数字が「なかった」とき

横田 直也
約6分で読めます

2018年に発覚した厚生労働省「毎月勤労統計」の組織的不正は、単なる調査ミスではなかった。問題の核心は、不正が20年近く発覚しなかった「無知の構造」にある。国家統計をめぐる戦略的無知の生産メカニズムを分析する。

XFBThreads

数字は客観的だという神話がある。しかし数字を作る人間は客観的ではない。

何が起きているのか

2019年1月、厚生労働省が「毎月勤労統計調査」の長期にわたる不正を公表した。500人以上の事業所について、本来全数調査すべきところを一部の事業所だけを抽出して調査し、集計結果を補正せずに公表し続けていた。この不正が続いた期間は2004年から2018年末に及ぶとされる。

問題は不正の期間だけではない。この調査から算出される雇用保険や労災保険の給付額が過少に計算されていたため、のべ約2,000万人に未払いが生じた。国民生活に直接影響する統計の不正が、省内で長期にわたり「知らないこと」にされていた。

毎月勤労統計は、GDPや消費者物価指数と並ぶ日本の基幹統計の一つである。この調査の数字が歪んでいた期間、政策立案者・研究者・メディア・国民は、「正しい数字」に基づいて議論していたつもりでいた。実際には誰も正しい数字を知らなかった。知ることができなかったのではなく、知ることを可能にする仕組みが機能していなかった。

背景と文脈

なぜ14年間発覚しなかったのか

不正の核心は技術的な問題ではなかった。500人以上の事業所を「全数調査すべき」という規定は省内で知られていた。しかし東京都内の調査では、事務負担を理由に一部の抽出調査に切り替えた。この変更は文書に残されず、担当者の間で「慣行」として引き継がれた。

無知学の枠組みで見ると、ここに三つの構造的メカニズムが重なっている。

第一は、担当者交代による組織記憶の喪失である。2〜3年での異動が常態化している省庁組織では、「なぜそうなっているか」という背景情報が引き継がれにくい。規定に反する慣行は、次の担当者には「こういうものだ」として渡される。問いを立てるための文脈が失われる。

第二は、検証の不在である。EBPMにおける戦略的無知の阻害効果で論じたように、省庁の自己評価体制では、組織に不都合な情報が浮かび上がりにくい。毎月勤労統計の場合、第三者機関による外部検証が実施されていれば、早期に発見できた可能性がある。

第三は、「基幹統計は正確なはずだ」という信念が作る無知である。政策立案者も研究者も、基幹統計の数字をそのまま使う。それが省内で組織的に歪められている可能性を前提に分析する者はいない。この信念自体が、不正を「見えない」ものにした。

永井隆「国家の統計破壊」が示したもの

『国家の統計破壊』(2019)は、不正が発覚した経緯を詳細に追った取材記録である。永井は、問題の本質が「個人の悪意」ではなく「組織の構造」にあることを繰り返し強調する。担当者は「ずっとそうやってきた」と証言し、上司は「知らなかった」と答える。

この証言の連鎖は、McGoey(2012)が論じた「便利な無知(convenient ignorance)」の典型的パターンである。「知らなかった」という証言は、責任を回避する機能を持つと同時に、実際に組織として「知らない状態」が構造的に維持されていたことを示す。意図的な隠蔽でもなく、純粋な無知でもない。組織が「知ろうとしない」という第三の状態が問題の核心にある。

構造を読む

国家統計の信頼性と認識的権威

国家統計は、現代社会における認識的権威の頂点に位置する。「統計が示す」という言い回しは、主張に科学的客観性の衣をまとわせる。政治家は統計を引用して政策を正当化し、反論者は別の統計で対抗する。双方ともに、統計そのものの信頼性は問わない。

この構造において、統計の不正は二重の無知を生産する。一つは、誤った数字に基づく一次的な無知(「賃金はこれくらいだ」という誤認)。もう一つは、正しい数字への到達経路が遮断されることによる二次的な無知(「この分野の統計は信頼できる」という誤信)。

毎月勤労統計の事件が示したのは、二次的な無知の方が深刻だということだ。一次的な誤りは補正できる。しかし「統計は正しい」という前提が崩れると、あらゆる統計の利用に疑問が生じ、政策議論の基盤が揺らぐ。

不正の「層」構造

内容発覚時期
抽出調査への切り替え500人以上事業所の全数調査不実施2019年1月
補正処理の不適切運用復元係数の算出方法の問題2019年2月
他統計への波及毎月現金給与総額の遡及改定2019年3月以降
国際比較への影響OECDへの提供データの信頼性問題継続調査中

一つの不正が明らかになるたびに、その周囲にある別の問題が浮かび上がる。この連鎖は、不正が単発の逸脱ではなく、組織的な「知らないことにする」文化の産物であることを示す。

疑念製造との対称性

疑念の製造業 — タバコと気候変動の60年戦争で分析したタバコ産業の戦略との対称性が、ここに浮かび上がる。

タバコ産業は「科学的な疑念を製造する」ことで、不都合なエビデンスを無効化した。毎月勤労統計の事件では、逆の構造が働いた。不正な数字が「科学的に信頼できる統計」として流通し、それを否定するエビデンスが出てくる回路がなかった。疑念が製造されるのではなく、疑念を持つことが困難な構造が製造されていた。

前者を「積極的無知の生産」と呼ぶなら、後者は「無知のシールド」と形容できる。信頼性という外装が、内部の問題を不可視にする。この構造は、企業統計・学術データ・行政評価のあらゆる場面で潜在している。

対抗の条件

統計の信頼性を担保するためには、何が必要か。事件後の議論では、三つの方向性が提起された。

外部監査の制度化: 総務省統計委員会の独立性強化と、基幹統計の第三者検証を義務化する方向性。

調査設計の透明化: 調査方法の変更履歴をすべて公開し、変更の根拠を記録に残す。「慣行」として引き継がれる余地をなくす。

利用者側のリテラシー強化: 統計を使う研究者・政策立案者・メディアが、調査設計の基礎を理解し、異常値や変動に気づける能力を持つ。

いずれも必要だが、最も根本的な問いは残る。「組織が知らないことにしたい」と機能するとき、内部からの告発を可能にする仕組みがあるかどうかだ。統計の不正は技術的な問題ではなく、組織の権力構造と情報の流れの問題である。

参考文献

→ 関連: EBPMにおける戦略的無知の阻害効果 | 疑念の製造業 | 無知学研究室の研究体系

関連コンテンツ

XFBThreads

研究への参加・ご支援

ISVDの研究にご関心のある方は、賛助会員としてのご支援をお待ちしております。