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一般社団法人 社会構想デザイン機構
ISVD-LAB-003基盤構築

縮小社会と認識論的正義の交差点 — 5 研究室横断で見える構造パターンの抽出

横田 直也
約14分で読めます

縮小社会と認識論的正義の交差点を、ISVD の 5 研究室(無知学 / マチカルテ / 公共資産活用 / 社会構想デザイン基盤 / 都市騒音)各々の観察軸で統合的に読み解く。「誰の声が縮小するか」の質的次元を提示し、5 研究室横断の共通メカニズム 3 つと対抗デザインへの接続を示す。

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このノートは社会構想デザイン研究室(ISVD-LAB-003)の統合フェーズに位置する。ISVD の 5 研究室がそれぞれ別に扱ってきた対象を、「縮小社会」と「認識論的正義」の 2 概念の交差点から読み直し、5 研究室横断で反復して現れる構造パターンを抽出する。

何が起きているのか

日本社会は縮小のフェーズに入った。人口、税収、社会資本、行政職員数、地域議会の議席数、いずれも右下がりの直線に載っている。この変化は「量の変化」として論じられることが多い。人口が何人減った、税収が何億円減った、施設が何箇所閉じた。数字は縮んでいる。

しかしこの縮小は、量だけで完結する現象ではない。量の縮小はしばしば「誰の声が先に縮小するか」を伴う。国民健康保険料の負担増議論で先に萎むのはどの層の意見か。廃校の跡地活用議論で誰が最初から議論の外側に置かれるか。幹線道路沿いに残る住民のうち誰の苦情が届き誰の苦情が届かないか。「量」の背後にある「質」の非対称性がここでの論点である。

Miranda Fricker2007)が定式化した認識論的正義の議論は、この質的次元を掘り下げる語彙を持つ。Fricker は 2 つの不正義を区別した。ある人の証言が偏見によって不当に信用されない「証言的不正義」と、自分の経験を理解するための概念そのものが社会的に欠如している「解釈的不正義」である。この 2 つは、量の縮小の裏で誰の声が縮小するかを追跡する道具になる。

ISVD の 5 つの研究室は、これまで別々の対象を扱ってきた。無知学研究室は「なぜ知られないか」。マチカルテ研究室は「議会で何が語られ何が語られないか」。公共資産活用研究室は「廃校や遊休施設の再配分」。社会構想デザイン基盤研究室は「6 分野をどう統合するか」。都市騒音研究室は「音の環境正義」。表向きは異なる対象である。しかし本ノートで示すのは、5 研究室を「縮小社会 と 認識論的正義」の交差点に立たせると、同じ構造パターンが反復して現れるという観察である。

3 つの共通パターンが浮かび上がる。1 番目、縮小の非対称性。量的な縮小は全域を均等に襲わず、特定の層の声を先に縮小させる。2 番目、後発検出の困難。1 度縮小した声は、掘り起こしのコストが構造的に高い。3 番目、注意配分の統制(attention-control)、沈黙の構造化(silence-structuring)、認識論的排除(epistemic-exclusion)の三位一体。5 研究室で観察される個別の対象は、この 3 メカニズムの組み合わせとして読める。この 3 パターンが対抗デザインの照準を規定する。

背景と文脈

縮小社会研究の系譜と日本の位置

縮小社会という語は、都市研究の文脈で先に成立した縮小都市(shrinking cities)研究に接続する。Philipp Oswalt が編纂した Shrinking Cities Vol. 1(2005)は、旧東ドイツ、デトロイト、マンチェスター、イワノヴォの 4 都市を対象に、人口減少と産業空洞化の同時進行を扱った。Karina Pallagst と Thorsten Wiechmann による論文「Urban shrinkage in Germany and the USA」(Wiechmann & Pallagst, 2012)は、ドイツと米国の縮小都市を対比し、政策的認知と実際の縮小過程の乖離を分析した。

日本語圏では、広井良典の系譜が、縮小を「望ましくない事象」ではなく「新しい社会構想の出発点」として読み替える論を展開してきた。広井良典2015)が『ポスト資本主義 / 科学・人間・社会の未来』で提示した定常型社会論は、量的成長が終わった後の社会をどう構想するかという問いに向き合い、「縮小」の意味論的な再定義に貢献した。

しかしこれらの系譜には、共通の空白がある。縮小社会論はしばしば「量的縮小をどう受け止めるか」の議論にとどまり、「量的縮小の下で誰の声が先に縮小するか」の質的次元を主題化してこなかった。この空白が、認識論的正義研究との交差の余地を作る。

認識論的正義研究の系譜

認識論的正義の理論的整理は Fricker(2007)から始まり、Kidd, Medina, Pohlhaus 編(2017) の『The Routledge Handbook of Epistemic Injustice』が体系的にまとめた。José Medina の The Epistemology of Resistance(2013)は、認識論的正義の理論を抵抗の実践に接続する試みである。Linsey McGoey2019)の The Unknowers は、無知が権力にとって機能的である構造を「戦略的無知」として理論化した。

これらの系譜は、「誰の声が知識として認められるか」という問いを軸に発達した。しかし主戦場は北米、西欧の人種とジェンダーの文脈にあり、「縮小社会の下での認識論的排除」を主題化した研究は乏しい。

交差点の空白と ISVD の位置

縮小社会研究と認識論的正義研究は、片方が量的次元を、もう片方が質的次元を扱う。交差点、すなわち「量的縮小の下で誰の声が質的に縮小するか」を主題にした日本語文献は少ない。無知学研究室の essay-strategic-ignorance-ebpm や、マチカルテ研究室の case-sakiokuri-rate は、この交差点に触れているが、5 研究室を横断した統合的な整理はまだない。

社会構想デザイン基盤研究室が示した 6 分野統合モデル は、社会政策、アグノトロジー、認識論、参加型デザイン、EBPM、市民社会論の 6 分野を厄介な問題(wicked problems)、Mode 2 知識生産、境界オブジェクトの 3 概念で統合する見取り図を出した。本ノートはその統合の実装として、「縮小社会 と 認識論的正義」を境界オブジェクトに据え、5 研究室の観察を接続する。

構造を読む

5 研究室それぞれが観察してきた対象を、「縮小社会 と 認識論的正義」の交差点で読み直す。同じメカニズムが異なる領域で反復する様子が見える。

無知学軸 / 縮小社会で誰の無知が生産されるか

無知学研究室が 7 軸コーディング体系 で扱ってきたのは、無知が偶然の産物ではなく構造的に生産される過程である。同室の 22 記事横断分析 が示すように、日本の制度アクターにおける上から下(top-down)の権力方向が 22 記事中 18 記事(82%)に付与されており、注意配分の統制(attention-control)はうち 10 記事(45%)に付与されている。

縮小社会の文脈でこのパターンを読むと、縮小の負担が誰にどう配分されるかの議論の場から、特定の層の声が系統的に排除される構造が見える。case-poverty-epistemic-exclusion は貧困層の証言が「主観的」として退けられるパターンを扱う。case-disability-testimonial-injustice は障害者の証言が構造的に信用されないパターンを扱う。essay-epistemic-injustice-npo は NPO の現場知が「エビデンスではない」として退けられるパターンを扱う。

これらは個別の事例ではない。縮小社会の下では、負担配分の議論に伴い「削減しても影響が少ない」と判断される層が選定される。判断は多くの場合、当該層の声を先に排除した状態で行われる。声が届かないから影響が見えず、影響が見えないから削減が正当化される。この閉じた円環が、縮小社会における認識論的排除の基本構造である。

マチカルテ軸 / 縮小社会で議会答弁の質はどう変わるか

マチカルテ研究室が 1,788 議会規模の議事録データ基盤 を作った目的は、「議会で何が語られ何が語られないか」を全国分布として見ることにある。同室の methodology-corpus-construction は、1 発言 1 行の共通スキーマ、分割(partition)とクラスタリングの分散処理設計、3 段階公開粒度のルールを整理した。

縮小社会の文脈で議会答弁を読み直すと、量的な発言数の推移だけでなく、答弁の質的偏りが見えてくる。case-sakiokuri-rate は 870 自治体、1,897 万件の答弁データから「検討」表現の全国分布を分析し、答弁が実質的な決定に至らず先送りされるパターンを全国分布として提示した。trends-fiscal-health-2018-2024 は財政健全化議論の 7 年推移を追い、縮小フェーズの議会言語がどう変わるかを扱う。

これらの分析が示唆するのは、議会という制度的な発話空間の中でも、縮小の議論は特定の言語パターンに収斂しがちだということである。「検討」「勘案」「調整」といった判断留保の語彙が増える一方、当該政策の対象者本人の声が答弁に取り込まれる回路は制度的に限定される。議会は原理として公開の場だが、公開の場に何が上程されるかの選別過程は不可視のまま進む。

公共資産活用軸 / 縮小社会で誰の生活基盤が守られるか

公共資産活用研究室が 仮説と射程 で扱う対象は、廃校、遊休施設、公有地の再配分である。全国 7,612 校の廃校のうち 1,951 校が未活用で残される状況は、量的縮小の代表的な現れである。

しかしこの再配分は、量の話にとどまらない。abandoned-school-small-concession-structure が示す 3 つの壁(イメージ、パートナー、事業化)は、廃校活用に参入できる主体が構造的に絞られていく過程を記述する。地域に根ざした中小事業者、社会的企業、NPO 法人は、実績要件、運営継続性の証明、収支予測の困難という壁で書類審査の段階から弾かれる。地域の生活基盤の再配分に、地域の当事者が構造的に参加できない。

pfs-adoption-structural-gap は PFS(成果に応じて委託費を支払う契約方式)の普及率が 9% にとどまる構造を扱う。小規模自治体の PPP 現場に「ノウハウ・知識不足」が最大の困難として現れることも記述されている。縮小社会の下で、公共資産の再配分に必要な知見そのものが、参加できる主体の側に偏在している。知見の偏在が参加の偏在を生み、参加の偏在が再配分の偏在を生む。

社会構想デザイン基盤軸 / 縮小社会で誰が「問い」を立てられるか

社会構想デザイン基盤研究室が 6 分野統合モデル で提示した厄介な問題(wicked problems)の性質は、縮小社会の課題に正確に当てはまる。定義が一意でなく、解が確定せず、問題と解が相互に構成し合う。この性質は「誰が問題を定義するか」の権力を前景化する。

essay-6field-operationalization は、6 分野統合モデルを個別の実践に落とす際の障壁として、「問いの立て方」自体が既存の分野の作法に規定されている構造を扱う。縮小社会の下で「何が問題か」を定義する権利が、行政、学術、報道の既存回路に集中し、当事者の側にはほとんど残らない。参加型デザインの理論的伝統は「デザインへの参加」を扱ってきたが、「問いを立てるプロセスへの参加」はまだ十分に主題化されていない。

これは Fricker の解釈的不正義の日本的な現れである。自分の経験を言語化するための概念そのものが、社会的に不足している。縮小社会の下で「なぜ声が届かないか」を語る語彙を持つ人が限られ、その限られた語彙が届く範囲もまた限られる。

都市騒音軸 / 縮小社会で誰が静穏を享受するか

都市騒音研究室の 4 つの研究仮説 のうち、H2「用途地域規制 と 騒音格差(環境正義仮説)」は、essay-noise-inequality で本格的に展開されている。低所得層は幹線道路沿いの安価な住居に集積しやすく、騒音被害の深刻度は所得に反比例する。この構造は米国、欧州で実証研究の蓄積があり、日本での体系的実証は本研究室 第 2 期(Phase 2)の照準である。

縮小社会の文脈でこのパターンを読むと、環境の質的偏在が構造的に見える。case-soundproof-subsidy-disparity は沿道住宅防音工事制度の格差構造を扱い、同じ幹線道路沿いに住む住民の中でも、補助対象になる住民とならない住民が制度によって選別される過程を扱う。都市の縮小に伴い残される幹線道路沿いの住居に住み続けるのは、多くの場合、移住の選択肢を持たない住民である。

環境基準の告示が、幹線道路に近接する空間にだけ一般の住宅地より15〜20dB緩い特例値を置き、達成が著しく困難な地域には10年を超える達成猶予を認めている事実は、認識論的排除の制度化として読める。「別の基準の場所」に住まざるを得ない層の存在が制度に組み込まれ、その層の苦情が届く回路は構造的に狭められている。

5 研究室の交点で見える構造パターン

5 研究室の観察を「縮小社会 と 認識論的正義」の交差点に並べると、3 つの共通パターンが抽出できる。

パターン 1

縮小の非対称性

量的縮小は特定の層の声を先に縮小させる

縮小社会の議論はしばしば「全体として何が減るか」を扱う。しかし 5 研究室の観察は、縮小が全域を均等に襲わないことを示す。無知学軸では貧困層と障害者の証言、マチカルテ軸では議会答弁の対象者本人の声、公共資産活用軸では地域の当事者の参加、社会構想デザイン基盤軸では問いを立てる主体、都市騒音軸では静穏を享受する権利、いずれも縮小の負担が特定の層に集中する。この非対称性は偶然の産物ではなく、注意配分、議題選定、実績要件、環境基準の制度が持つ構造的な偏りの結果である。

パターン 2

後発検出の困難

1 度縮小した声は掘り起こしのコストが構造的に高い

1 度議論の外側に置かれた層の声を後から掘り起こすことは、極めて難しい。マチカルテ軸では、議会答弁に取り上げられなかった論点は次期以降も取り上げられにくいパターンが観察される。公共資産活用軸では、実績要件で弾かれた主体は次の公募でも同じ要件で弾かれ、実績を積む機会そのものが構造的に閉じている。無知学軸では、沈黙の構造化 のパターンが示すように、沈黙は 1 度制度化されると自己強化的に持続する。後発検出の困難は、縮小社会における認識論的排除の時間的な次元である。

パターン 3

三位一体循環

注意配分の統制・沈黙の構造化・認識論的排除の相互強化

5 研究室で反復して現れるのは、3 メカニズムの同時発動である。何を見せるかを選ぶ注意配分の統制(attention-control)、何を語らないかを構造化する沈黙の構造化(silence-structuring)、誰の声を認めないかを規定する認識論的排除(epistemic-exclusion)。この 3 つが独立に働くのではなく、互いを支え合う関係にある。注意配分の統制が沈黙の構造化の下地を作り、沈黙の構造化が認識論的排除を正当化し、認識論的排除が新たな注意配分の統制の対象を規定する。5 研究室の個別の対象は、この三位一体の異なる現れとして読める。この 3 メカニズムの絡み合いを解きほぐすことが、次に見る対抗デザインの照準になる。

政策、実務、研究への含意

3 パターンを対抗デザインの照準として整理する。

政策の側では、縮小社会政策における認識論的正義の指標化が課題になる。人口、税収、施設数といった量的な重要業績評価指標(KPI)に加え、当事者の声が議論に取り込まれた度合いを測る質的な KPI が設計されるべきである。マチカルテ研究室の議会答弁データベースは、「特定の政策論点に関する当事者の発言頻度」を全国分布として集計する土台としてすでに機能している。この土台を認識論的正義の指標化に接続する道筋が、次期の研究計画の焦点になる。

実務の側では、参加型プロセスへの認識論的正義視座の導入が必要である。公共資産活用の現場での実績要件、都市計画の合意形成での声の重み付け、NPO の助成申請での成果評価。それぞれの制度に「誰の声が構造的に排除されているか」を検討するステップを組み込むことが、対抗デザインの最小単位になる。社会構想デザイン基盤研究室の 6 分野統合モデルは、この検討ステップを設計する語彙を出す。

研究の側では、5 研究室横断の長期コーパス(long-term corpus)構築が課題になる。単一の研究室の観察だけでは 3 パターンの反復は見えず、逆に 5 研究室の観察を統合すればパターンの頑健性は増す。マチカルテ研究室の議会答弁データベース、無知学研究室の 7 軸コーディング、公共資産活用研究室の類型学、社会構想デザイン基盤研究室の統合モデル、都市騒音研究室の環境正義実測、これらを「縮小社会 と 認識論的正義」の共通軸で継続的に接続することが、ISVD 全体の研究プログラムの次のフェーズを規定する。

参考文献

Urban shrinkage in Germany and the USA: A Comparison of Transformation Patterns and Local StrategiesWiechmann, T. & Pallagst, K. M.. International Journal of Urban and Regional Research, 36(2), 261-280

Agnotology: The Making and Unmaking of IgnoranceProctor, R. N. & Schiebinger, L. (eds.). Stanford University Press

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