ざっくり言うと
- 県民所得は東京都535万円・沖縄県227万円で約2.4倍の格差、地方の高賃金産業は構造的に欠如している
- 地域おこし協力隊の定住率は55.7%だが、起業者の所得水準・任期後3年の事業継続率は公式統計が未整備
- 関係人口2,263万人(成人の約2割強)の規模を持ちながら、定住への転換率データは存在しない
何が起きているのか
移住推進政策で人は動いたが、移住後の所得とキャリアパスを設計する制度的接点が抜けている
静岡県焼津市に Uターンしたハードウェアエンジニアの言葉から始めたい。「いきなり仕事を辞めて戻るのはかなり大変」「都市部の仕事を持ったまま戻り、少しずつ地域の仕事を増やす」。FIRST-HAND Local(2026年3月)が地域課題を事業化するマッチングの空白を取材した記事に、彼の現実解が記録されている。地方の案件は月10時間程度の小口契約や月数万円規模が中心で、単独の地域企業から得られる収入では生計が成立しない。「圧倒的に接点だと思います。課題を持っている人と、それを解決できる人が出会う場が少ない」という発言は、移住政策の盲点を一文に圧縮している。
個別事例の背後にある所得構造を、まず都道府県データで確認する。1人当たり県民所得は東京都の約535万円から沖縄県の約227万円まで分布し、最上位と最下位の差は約2.4倍に達する。県民所得は企業所得を含むマクロ指標で個人の手取りと直結はしないが、地域の「稼げる構造」の格差を表す代表指標として広く参照されてきた。地方移住で生計を立てるという行為が、構造的に上方階段を逆走することと隣接していることを、この数字は示している。
産業別にも同じ落差が現れる。電気・ガス、金融・保険、情報通信の平均年収は600万円台後半から800万円台に達する一方、宿泊・飲食サービスは約279万円と最大3倍の開きがある。地方経済の主力産業構成と都市部の高賃金産業の構成は重ならない。「地方で同じ年収を再現する」という設計が、産業ポートフォリオの段階で困難であることが見える。
出典: 国税庁「令和6年分 民間給与実態統計調査」/ 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
数字を世帯モデルに当てる。県民所得535万円圏から227万円圏への移動は、年収換算で約308万円の差分にあたる。住居費の下落で一部は相殺されるが、子の進学費・親族扶養・社会保険料は地域差が小さく、可処分所得の純減は決して薄い。「田舎暮らしは安く済む」という直観だけでは説明しきれない金額が、ここに横たわっている。
背景と文脈
地方創生1.0の数値偏重、二地域居住促進法と関係人口政策、リモートワーク普及が「都市仕事+地方暮らし」を可能にした流れ
地方創生1.0の「数の追跡」と政策の薄い接続
地方創生は2014年9月の「まち・ひと・しごと創生本部」設置と、増田寛也編著『地方消滅』が示した「消滅可能性都市896」レポートで本格化した。第1期(2014〜2019年)・第2期(2020〜2024年)を通じて、移住相談件数・地方創生交付金事業数・地域おこし協力隊員数といった「数」が政策評価の中心に据えられた。
2025年6月の地方創生2.0基本構想は、その10年の総括を含む。東京圏転入超過の継続は審議資料で公式に認知され、「人口規模が縮小しても経済成長し、社会を機能させる適応策」という基調に切り替わった。注目すべきは、議論文書に「移住数の追跡に偏重し、移住後のキャリア形成・所得確保の制度設計が薄かった」という反省が登場したことだ。10年経って初めて、政策の主語に「移住後」が入り始めた。
地域おこし協力隊:定住率の裏にある所得の不可視
総務省の地域おこし協力隊制度は、地方への人の流れを作る代表的施策として知られる。直近5年間の任期終了者8,034人のうち、同一市町村定住率は55.7%(4,477人)、近隣市町村定住を含むと約68.9%に達する。数値だけ見れば「7割が地方に残る」という成功物語に読める。
問題はその先の所得情報が公式統計から欠落していることだ。同一市町村定住者4,477人の進路内訳は起業46.4%(2,077人)、就業34.4%(1,542人)、就農・就林11.7%(525人)と報告されているが、起業者の所得水準も、任期後3年の事業継続率も公式数値が整備されていない。農村計画学会誌での先行研究は、起業者の多くがカフェ・宿・農産物加工等の小規模事業者であり、所得水準データの公開がほぼ皆無であることを指摘している。
任期中の起業準備支援が制度化されたのは2017年以降で、任期後の所得連続性まで責任を持つ設計には到達していない。「定住率55.7%」という上位指標の下で、所得が見えないまま定住者として計上される運用が続いている。
関係人口2,263万人と「定住への変換器」の不在
関係人口は2016年に小田切徳美らが提唱した概念で、観光以上・定住未満の中間層を政策化した。全国の18歳以上で関係人口に該当する人は約2,263万人(成人の約2割強)、内訳は訪問系1,884万人・非訪問系379万人と推計される。スケールとしては移民政策のフロンティアに匹敵する規模だ。
しかし、ここから定住への転換率を測る公式統計は存在しない。関係人口は「移住予備軍」として政策位置を与えられたが、予備軍からの本格移住への接続経路は設計図に書かれていない。地方創生2.0が打ち出した「ふるさと住民登録制度」は、関係人口に法的地位を与える最初の試みだが、登録要件・税制上の取り扱い・社会保障の越境ルールは未確定のまま走り出そうとしている。
現状推計(国交省調査)
約2,263万人
18歳以上の約22%
政府目標(2034年度)
ふるさと住民登録
1,000万人(実人数)
関係人口(延べ)
1億人創出
定義のギャップ
- ▸「広義の関係人口」2,263万人 ≠ ふるさと住民登録1,000万人
- ▸旅行で年2〜7日訪問する「趣味・消費型」も関係人口に含まれる
- ▸「登録」が「関係」を生むのか、「関係」が「登録」に至るのか
二地域居住促進法:なりわいが法定3本柱に入った
2024年11月1日に施行された改正広域的地域活性化基盤整備法(二地域居住促進法)は、移住政策史で注目すべき転換点を含む。法は3つの支援メカニズム(市町村による「二地域居住等促進計画」制度・支援法人の指定制度・住居専用地域でのコワーキング立地特例)を備え、中間とりまとめは「住まい」「なりわい・仕事環境」「コミュニティ」を3本柱に置いた。
「なりわい・仕事環境」が法定の3本柱として明示されたのは、移住政策の文書としては初めてだ。ただし具体的支援は、コワーキング整備やサテライトオフィス誘致といったハコモノ系に偏り、所得保証や副業マッチングといったソフト系の制度設計は弱い。先導的プロジェクト実装事業のメニュー一覧を見ても、施設整備系が大半を占める。法律のフレームに「稼ぐ」が入ったが、それを動かす予算項目はまだ建物に向いている。
構造を読む
賃金格差・小規模案件・マッチング欠如・無償化なきキャリア継続が交差する地点で、移住政策のキャリア空白が顕在化する
賃金・産業・マッチング・制度の交差点
ここまでの整理を一本に通すと、移住者が「稼げない」状態に到達する経路がはっきりする。第一に賃金構造として、高賃金産業(IT・金融・情報通信・電力)の地方欠如が、年収再現を産業ポートフォリオの段階で困難にする。第二に案件構造として、地域企業からの月10時間規模の小口契約では、複数顧客のポートフォリオ化を前提としても月収目標に届きにくい。第三にマッチング機能の不在として、地域課題と都市部スキルを接続するプラットフォームが公的に整備されていない。第四に制度設計の薄さとして、移住補助金は一時金で完結し、移住後3〜5年のキャリア継続性は政策評価の対象外に置かれてきた。
この4層が重なる地点で、「移住したが稼げない」という個別事例が、世帯類型ごとに発生確率を持つ構造現象として現れる。FHL記事の増井氏が選んだ「都市部の仕事を持ったまま戻り、少しずつ地域の仕事を増やす」という現実解は、4層のうち少なくとも3つ(賃金・案件・マッチング)を都市側のリソースで補完する戦術であり、個人の創意というより構造的圧力への応答として読むのが正確だ。
国際比較:イタリア型・スペイン型・米国型の選択
国際比較は、政策の選択肢を3つに整理してくれる。
第一はイタリア「1ユーロハウス」に代表されるハコモノ・物件型だ。2008年シチリア島サレミ町に始まり70以上の自治体に拡大した。物件取得コストを劇的に下げ、改修義務(1〜3年以内)を課す。ただし「稼ぐ手段」の創出は別途必要で、多くの移住者は遠隔勤務・観光業(B&B運営)・引退後生活に依存する。日本の二地域居住促進法のハコモノ偏重は、このイタリア型に近い設計を引きずっている。
第二はスペイン Holapuebloと「2030年人口戦略(Plan 130)」に代表される起業者マッチング型だ。Redeia + IKEA + AlmaNatura による民間連携プラットフォームが100自治体で起業者を募集し、農村再活性化を国家戦略として130項目の総合パッケージで構成した。スペインの2014〜2023年農村人口は4.4%減(全体は2.6%増)に達したが、減少幅を埋めるための主軸を「起業者マッチング」に置いた点で、日本との設計差が鮮明だ。
第三は米国バーモント州 Worker Relocation Grant Program(2018年〜、最大1万ドル)・ウェストバージニア州 Ascend WV(2021年〜、1万2,000ドル+特典)に代表されるリモートワーカー誘致型だ。共通設計は「リモートワーカーを呼ぶ前提で、所得は移住元(都市部勤務先)から確保する」という割り切りにある。日本の増井モデル「都市仕事+段階的地域シフト」と構造一致しており、現状で唯一機能している「個人発の解」を、政策側が制度として明示的にパッケージ化している点が決定的に異なる。
制度設計の処方箋:数の追跡から所得追跡へ
「移住数」と「移住後の所得継続性」を別の指標として扱う設計が、現状の移住政策には欠けている。地域おこし協力隊の定住率55.7%は重要な数値だが、任期後3年・5年の所得追跡を公式統計に組み込まなければ、「定住したが食えていない」状態が定住率に隠れ続ける。
二地域居住促進法の3本柱「なりわい・仕事環境」を、コワーキング整備からソフトな仕組み(副業マッチングプラットフォームの公的化、二拠点居住の税制中立化、社会保険の地域間ポータビリティ確保)に振り替える経路も、論理的には開かれている。ふるさと住民登録制度に法的地位を与えるなら、税制・社会保障の「越境ルール」を同時に設計しなければ、制度は登録機能だけに痩せていく。
地方創生2.0の基本構想に「移住後の所得確保」という主語が入った2025年は、構造を読み替える小さな入口だ。木下斉が地方創生1.0期に「補助金型から事業型へ」と論じたフレームは、ここで2.0の制度設計に接続する余地を持つ。田中輝美が関係人口を「定住未満」の制度として整理したフレームは、ふるさと住民登録制度の境界線を引き直すための前提整理として機能する。
増井モデルが示すもの
FHL記事の増井氏が選んだ「都市部の仕事を持ったまま戻り、少しずつ地域の仕事を増やす」という二層構造は、現状の制度的空白を個人の戦術で埋める応答に他ならない。リモートワーク普及(2020年〜)が技術的にこのモデルを可能にし、米国の州レベル誘致政策がこのモデルを制度として明示化した。日本の政策設計が次に取るべき一歩は、増井モデルを個人の創意の偶然に委ねるのではなく、税制・社会保険・マッチング機能の整備によって標準オプションとして提示することにある。
「いきなり仕事を辞めて戻るのはかなり大変」という個人の証言を、制度を主語に書き換えると「移住推進と所得継続を別の政策レイヤーに分離してきた縦割り設計が、移住後のキャリア構築を個人の段階的応答に依存させてきた」となる。問われているのは移住者の覚悟ではなく、移住政策のパッケージ構成である。
関連コラム
- 地方自治体「消滅」の構造分析 — 744自治体が直面する人口減少と財政の臨界点(消滅可能性都市と財政の関係)
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- 物価が上がった街・上がらない街 — 地域別CPIの格差構造(地域別CPIの格差構造)
- 地方自治体の人員崩壊(人員確保が困難な現状)
参考書籍
- 増田寛也 編著『地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書)』中央公論新社、2014年。地方創生1.0の起点となった消滅可能性都市896レポートの書籍版。
- 木下斉『地方創生大全』東洋経済新報社、2016年。地方創生1.0期の成功・失敗事例集、事業性視点から地方創生の罠を分析。
- 田中輝美『関係人口の時代-「観光以上、定住未満」で地域とつながる (中公新書)』中央公論新社、2025年。関係人口概念の最新整理、地方創生2.0のふるさと住民登録制度の思想的背景。
参考文献
地方創生2.0基本構想 — 内閣官房・内閣府 新しい地方経済・生活環境創生本部. 内閣官房・内閣府
地域おこし協力隊 定住状況等に係る調査結果 — 総務省 地域力創造グループ 地域自立応援課. 総務省
全国の「関係人口」は18歳以上の2割強!~「地域との関わりについてのアンケート」調査結果の公表~ — 国土交通省 国土政策局. 国土交通省 報道発表資料
二地域居住等の促進のための制度構築 — 国土交通省. 国土交通省
県民経済計算 — 内閣府 経済社会総合研究所. 内閣府 経済社会総合研究所
令和6年分 民間給与実態統計調査 — 国税庁. 国税庁
地域おこし協力隊の現状と課題 — 桒原良樹. 農村計画学会誌 41巻3号
移住推進の裏に潜む『稼げない』問題。地域課題を事業化するマッチングの空白地帯。 — FIRST-HAND Local 編集部. FIRST-HAND Local
100 municipalities of rural Spain aim to repopulate and revitalise through Holapueblo — Redeia. Redeia Press Release


